<まずは、お参り。>
昨日の大晦日は地元の神社にお参りに行きました。その神社では木々を燃やしています。気が燃えて煙りがあがるあの独特の匂いが遠くまで届きます。
最近は、八幡神社までお参りに行かなくなりました。余りに人が多いからです。子供が小さい時は、一緒にお参りに連れて行ったものですが、歳を取るとお参りは一人になります。子供達に取っては、あの行列で並んで待つという行為にとても意義があるのでしょう。行列で並んで待つ事すら楽しみに変えてしまう若者の感性がうらやましい。。
00時は過ぎていましたが、防寒して近くの護國神社へお参りします。たき火の音がパチパチと響きます。時々、あちらこちらから人が、特に家族連れでしょう。固まって歩いて、これからお参りに行く人。帰って来た人とすれ違います。
目の前には、4人の家族連れが歩いています。お父さんが先頭に立って歩きます。その後を小さいながらも楽しいそうに走り回るやや年長の少年。おかあさんの背中にはもっと小さい子が安心して抱かれています。我が家でもかってあった風景です。懐かしいな。。
「あっ、たき火がある。。」そうです。子供に取って火は身近な不思議な何かです。近くに寄ると熱が伝わります。私の子供の頃は五右衛門風呂です。良くオガライトを使って火をおこしたものです。火のあのゆらゆら揺らめく様子はとても神秘的です。
子供は思った事をストレートに口にします。子供が小さい時は、絶対XXがしたいとか、あれがやりたいとか駄々をこねて、その場から離れず困った経験があります。本能的にその時を逃すと一生その瞬間が訪れない事を、体で理解しているからでしょう。
帰宅時に、市営の老朽化した体育館の張り紙を見ると、年初から卓球の試合。中学。小学生。XX杯。。いずれも子供達の為に使用されるものです。(この体育館は古く、立て替えする用です。)年初は4月から大会があるようです。。月末。。知事選挙。。あ~そうなんだ。。
地元の交番がありますが。。人はいません。ある意味平和という事か。。(人手不足もあるかもしれません。人が駐在している様子を見た事が無い。)私の子供頃は、警察官の官舎が近くにありました。学校でも泊まり込みの用務員さんも昔はいたようです。ますます、希薄化する人間関係。日本の人口減少。業務の効率化(と言えば聞こえはいいが、単なるリストラです。)に伴って多くの大切な仕事が切られて来ました。(この国それぐらい余裕の無い状況に陥っています。人はそこまで大切にされているとは思えません。むしろ機械(含むソフトウェア)の方が大切にされる時代です。)公園も危険だからと多くの遊具が撤去されてしまいました。公の時代は終わったと思います。解体して良いでしょう。
<歳を取ると。。>
100の家庭があれば100の物語があります。我が家は親戚が集まって何かをするという行事は近年行っていません。(弟も婿養子になって、実家に久しく寄りついていません。兄弟は他人の始まりとか。。よく言ったものです。)年末の回転寿司で、親戚を囲んで楽しそうに会話が弾んでいる様子を見かけました。
家族。子供達は、若いときは大人から守られますが、大人になったら逆に若い人達を守ってあげる必要があるでしょう。彼らは、大人達からその若さをうらやましがられます。若い人達には理解できない感情でしょう。これから、花開いていく若者の未来と、終活して身の回りを整理していかないといけない年配者とでは世界観が真逆になります。それでも未来志向の若者と一緒にいると元気をもらえます。若者は、その存在するという事だけで価値があると思います。
個人的には、23才で東京に飛び出した時から一人です。決め事は全て自分一人で、困った事も全て自分一人で解決してきました。(仕事先で困ったからと言って、職場の上司は来ません。)ある意味、若い時から孤独とは真正面から向き合ってきています。当時から一人で生きていく覚悟は出来ていました。
<大晦日~元旦の夜。。>
しばらく晴れてくれました。双眼鏡を持って郊外に出かけます。(近場ですが。)オリオン大星雲。木星(衛星も確認できます。)プレアデス星団。ヒアデス星団。火星の朱色の輝きが冬の空に花を添えます。少し下にはプレセペ星団。おおいぬ座のシリウスの下にはM44散開星団。ぼんやりとその姿が浮かび上がってきます。
北の空を見ると、カシオペア近辺にhχ二重星団を確認する事ができます。冬の天の川には多くの散開星団を見る事が出来ます。多くの星団、惑星が天頂から、やや西に見えています。特にプレセペ星団は星々が明るく、一つ一つの星をしっかりと見ることが出来ます。
外の外気はとても寒い。。手がかじかみます。昔は毛糸の手袋。大人になってからは川の手袋をしていたものです。(若い人にとって、自転車は必須。手袋は大切なアイテムになります。)体全身に冬の強い風と寒さを体感する事になりました。。しばらくすると。。何処からとも無く白い雲が。。う~ん。。これは撤収だな。。
<電子観望大流行り。。>
最近は電子観望が流行りですが。。多分私はやらないと思います。便利ですが。。そもそも知識が不要になります。単なる作業になります。後に何か残るか。。他人と同じような星の写真(それもAIで加工された。)が残るだけです。個人的には何が楽しいのか理解できません。(Webを利用するAI処理なら、ハッブル宇宙望遠鏡・ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡などの絵から、疑似修正できます。。もはや星の写真とは言えないかと。。)光学限界など気にしなくても良いのなら、自宅でモニター見ればいいでしょう。天体観望といえるかどうかも疑問です。(私はあまのじゃくです。)
人間の五感を取り戻すせっかくのチャンスです。双眼鏡で星雲、星団、星を探す行為はとても意味があると思います。ノイズまみれの画像を、見えない物を無理やりadobe使って作り上げるとなると。。もやは創作ではないでしょうか。(まっ人それぞれです。)人間の目はモノクロが一番感度が高い。眼視観望が基本だと思います。
<体力は衰えます。。>
とは言え。。年々衰える体力・気力には勝てません。今週中に火星、木星は20cm望遠鏡で見ておきたいと思います。(実は、、機材が重い。。)SNSの時代です。動画や、静止画などの見栄えばかりがもてはやされる時代ですが、お手軽に出来てしまいます。(スマホで全て完了)手間暇かけるという行為は、私の世代は大切にしたいと考えています。五感を使って体感する。暖かさや冷たさを体感する事は脳にも刺激を与えます。体が動けるうちに、、物が見えるうちに出来る事はやっておきたいと考えています。(面倒くさいは禁句!!)