大声を出す人の主張は通りやすい。役所などでもそうでしょう。窓口で大声でごねられれば職員も窮する事態に陥ります。
多くの組織はその大声に動かされてていると行って良いでしょう。正論でも静かな声は常に無視されます。先日も学内発表会で、一人の先生が大声で生徒を叱責しました。(状況を把握していない状況下での自分の思い込みによる叱責)静かな場面だっただけに異質感が全体の雰囲気を一辺させます。
こういったときは、本来は、近くまで近づき、支えてあげるのが本来の教員としての使命でしょう。実はマイクの調子が悪かったのです。悪い事にこの学校は放送設備を扱える人が皆無と言ってよいでしょう。(マニュアルゼロ)3本あるマイクの一番調子の悪いマイクを使ったのが事の発端です。(去年からの職場ですが、いつもマイクの声が小さいので不思議に思っていました。きっと以前からそういう職場なのでしょう。)
声に支配による支配は、一見強力で効率的に見えますが、使い方を誤ると真逆の効果を与える事になります。その多くが表向きは従っているが、内心では嫌っているという反発心を植え付けるからです。逆らえない立場にある人達からすればなおさらです。
大声で人を叱責するときは注意が必要です。何故なら、その感情が、相手の事を思って発せされているのか?自分への怒りから発せられているかによって大いに異なるからです。(恐怖のよる支配には高い代償がつきまといます。歳を取った時にようやく気がついても遅いのです。孤独は誰にも耐える事は出来ないのです。)
現在の職場は、仕切る人がいないので、声を出して皆を動かしてくれるのはありがたいのですが、そういった人は大抵気遣いが足りない人です。誰かがそっと注意してあげる必要があるでしょう。ただ、育った環境も違います。価値観も違います。説得など容易には出来ません。私に出来るのは普段から愚痴を聞いてあげて黙って頷くぐらいでしょう。
他者からの意見はとても貴重です。その人のバックグランドを理解する事が出来ます。色々と注意もされますが、良く考えれば理にかなっています。こちらの気づきが足りない事もあるのです。他者からの意見はとてもありがたい。一番怖いのが「無視」です。
<人とは。>
生まれた時は一人ですが、両親はいるでしょう。周りの多くの環境(愛情)によって生かされています。人生は人格形成の良い修行の場でもあります。長年の環境(多くの人と出会い、分かれて)によって、生まれつきの形質は変える事ができます。何故なら、人生とは、気がつく機会を何度でも与えられる人生のゆりかごだからです。その何気ない一言から本当の意味を読み取れるのは、ほんの僅かな人達です。そういった人達の声は小さい。小さいが行動量が伴えば組織だけでなく世の中を支える大きな力になります。(多くの気がつかない人は、職場がうまく回っているのは辺り前、自分のおかげと考えがちです。)
ここで、気がつきの無い人は同じ事を繰り返します。気がついた人は更なる高みを目指して自分自身の可能性を広く広げる事ができます。(そういった人は、昇級やお金に執着がありません。動機が異なるからです。)
他者への共感は、普段からの細かい気づき。言葉、変化。は見逃しません。普段人と接していると「何か元気がないな~」親と喧嘩でもしたのかな?。。嫌な事でもあったのかな?様々な思いがよぎります。多くの人はその本心を、本当は言いたい事を我慢している事が多いからです。
何が言いたいか? 普段からの何気ない会話は重要だという事です。人間の表情は大人になれば成るほど、自由奔放な表現から離れてサイレンス。黙り込む人が多くなる傾向があります。(こういった人が増えると職場の活性化は望めません。)特に身の回りにイエスマンばかり置いてる人は要注意です。
<人を動かす。>
人に動いていただくためには、相手の不満や気持ちを理解して共感してあげる必要があります。普段からそうしていれば、皆が動いてくれるようになります。特に若い人への接し方は十分注意する必要があるでしょう。昔の雑草のような教育は今日不可能だからです。表面だけの友達。本命の友達。と選んでいるうちに仲間はずれさんを生み出すメカニズムへと変貌していまうからです。昨今のSNSの問題の本質でもあります。(誰にも嫌われたくない。非難された時の耐性が無い。)
<誰しも傷つきたくない。>
恐れているのです。自分が傷つけられる事を。そういう人は自分を守るあまり、その発言が自分に言われたらどう思うかという発想は皆無です。発言が軽くて薄っぺらい。本音は時に隠される必要があります。そういった機会がなく育った子もいるのです。
<集団という宿命>
若い人の集団をまとめるのはとても難しい。(小さな声はなかなか拾えないからです。)でも、普段からちゃんと守る姿勢を見せてあげれば、かれらは何も言わなくても手伝ってくれます。優しい子が多いのです。残念ながら、現代の教育では評価されない資質です。点数主義では人間性は計れません。そういった現代の受験教育は、第三者からの目線(偏見を排除した見方)といった点が決定的に欠けています。閉じた世界の中での評価です。正しい評価が成されているとは思えません。結果は何年か後に実社会で具現化しますから。無視してはいけないのです。
<人は人と関わるべき>
なくて七癖あって四十八癖。完璧な人間などいません。間違った事は正せば良いのです。本音でぶつかると誤解を生み、決定的な軋轢を生むことになります。まずは、人の話を聞く。この姿勢がない限り、教育の質は向上しません。「教師の発言は聞け」だけでは人は動物的には動きますが、自発的的な心の発達はおきません。所詮一時しのぎだからです。
<年寄りは厄介。>
口は出すが、行動はしません。自分達は年寄りだから働けない。年金がどうのと自分の不幸ばかり話す人は嫌われます。(誰も言いませんが。。)それでも、動いて貰うようにする事は可能です。動かない人は放っておくしかありません。かってに寂しい人生を進んでください。それでも、お年寄りにも声の大小はあるのです。その小さな声を聞いて上げれば職場は円滑に動くようになります。
<もう2月>
昨年から新しい職場に変わって、大変でした。マニュアルのない、履歴も残っていない。仲間同士がギスギスした職場。遅刻容認。職務怠慢を注意できない管理職(淡々と県からの伝達を伝えて県に上げるのが仕事だと考えている方です。職員の話など聞きもしない、考えもしない。)だれも責任を取らない。(問題を放置するので、誰かがその後始末をする必要があります。)個人に集中する激務。そんな訳で、今年は履歴は全てデジタルで残してあります。情報は共有しています。周りと染まらないようにする為に、朝も一番に職場に来ています。帰りも遅い。(朝早いと自分で思考する時間や物事を整理する時間を確保する事が出来ます。)結局堕落したくないからの必死の抵抗です。(いや~年寄りにはきつい)
情報はかってにやってきます。この人ならやってくれるとなると頼まれ事や相談事が増えるからです。人を引きつけるのは実績です。変わって来た当初は大変でした。問題的の洗い出しは出来ているので、後は改善するだけです。何人かの理解者は増えました。もし次年度も仕事が続けられるのなら、色々と改善したい案があります。単年度の仕事なので、正社員さんとの距離感が難しいのです。
大きな声の人は、たまに小さな声にも耳を傾けてみてください。彼らにも意思はあり、主張はあるのです。手遅れにならないうちに、気がついてください。老後の豊かな人生為にも。。今だけの都合を考えた発言を見直してみませんか?そうすれば皆さんはお話を聞いてくださるようになります。