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FC2版・麻亜宮のピロートーク では、ちょっと過激・・・・
そう感じる貴女のための、ちょっとソフトな 『ピロートーク』 です♪
FSC主宰 佐藤麻亜宮
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あれから1年たって、政府は、思い出したかのように、がれき処理に関するコメントを発するようになりました。
野田首相は昨日の記者会見で、細野大臣は3.11を挟んで連続出演したTV番組において、いずれも、多くの時間を割いたのは、がれき処理について全国で処理業務を分担しようという主張でありました。そして、これを聞いた多くの国民の素直な感想は、
「なんだ、今頃・・・」
というものだったのではないでしょうか。
野田首相が、全国自治体に、がれき処理に関する協力を求める声明の中で、“今こそ”という表現を使った部分があります。そうです・・・、今こそじゃないと思うのです。これは、少なくとも、半年前には出来たことです。おそらく、官邸スタップのアドバイスによって、この時期、動き出したのだと思いますが、明らかに、タイミングをはずしています。
そもそも、がれき処理に関していえば、首相は、各自治体に対して “協力を求める” のではなく、“指示・命令をする” べきです。行政の長であり、立法を司る国会においては最大与党の代表であるわけですから、何でもできるはずです。
その結果、次回選挙で負けたなら、それはそれで良いではないですか。そもそも、そんなことで誤った審判を下すほど、日本国民はバカではないです。
また、メディアも悪い。
がれきがなくなった街並みを映像で映すだけで報道を終えれば、視聴者は問題が解決したと感じてしまいます。しかし、実際には、がれきは、無くなったのではなく、臨時のがれき置場に移動しただけなのですから。
また、報道内容も中途半端です。今朝のCXでは、岩手県のがれき置場から中継したアナウンサーが、がれきに線量計を当てて、
「放射線は、0.01マイクロシーベルトです」
とコメントする場面がありました。そして、それで、コメントを終えましたが、これが、ダメなのです。あと一言足りません。
「この数値は、例えば東京都内の普通ゴミの場合と同じなのです」
と付け加えるべきなのです。これが、あるかないかで、視聴者の受け止め方は、全く違ってきます。
あと一歩の、気配りが必要です。
さらに、がれき処理を引き受けることに関して猛反対する住民もおります。国務大臣の説明そのものを、ヒステリックに拒否するおばさんの映像も流れていましたが、ここにも、いくつもの問題点を見ることができます。反対理由の第一は、放射線の問題です。
例えば、福島原発隣接地や、線量が高いエリアのがれきであれば、その疑問は当然のことですが、それは分担の対象に含まれていません。なぜなら、それは放射性廃棄物として、別個の扱いになっているからです。実際問題として、岩手県や宮城県の北部のがれきからは異常な放射線は検出されていません。当たり前です。
ですから、がれきと一言で言わずに、地域でグループ化したうえで、具体的何話をするべきです。ここでも、あと一歩の気配りが必要です。
細々と書き始めたらキリがありませんが、基本的な考え方を確認しておくべきだと考えています。
震災被害とは、具体的な被害を受けた人々だけのものではないということです。これは、日本国民全体が受けた被害だということです。
つまり、被害を受けた人が自力で復活する話ではないということです。3.11当日に具体的な被害を受けていない人は、別の形で、被害を負担しなければなりません。がれき処理の分担も同じです。
がんばれ東北ではないのです。
既に、十分にがんばっているのです。
一緒に がんばろう!
それしか、ないではないですか。
明日は我が身という言葉があります。
がれき処理分担を巡って、細野大臣の説明そのものを拒否したおばさん・・・・、あなたが被災した時には、誰も助けてくれなくても良いのですか?
人生って不思議なもので、しっぺ返しは、なぜか、確実に、やってくるんですよね。
そして、その反面、他人のために優しくしてあげた方には、優しくしてくれる人が現れるんですよね。不思議なんですけど。
震災被害に遭遇した瞬間から、 全員が100点を取るということは、なくなっているのです。
がれき処理に困窮する地区の住民は苦しみ、被災地から離れたエリアにすむ“厚顔無恥なおばさん”は、100点満点の生活をしながら、それを見物する・・・・、そんなことはないのです。
95点でも良いではないですか? 5点の積み重ねによって、被災地の復旧復興が早まるのであれば。
それにしても、情けないのは、リーダーシップのなさです。
リーダーは、何を、ビクビクしているのでしょうか。
パフォーマンスとしての 絆 という言葉を、軽々しく口にしないで欲しいです。
震災発生時~現在に至る期間において、田中角栄氏や、中曽根康弘氏が総理大臣だったら、・・・・
昨日の震災被害地は、どんな風景になっていたのだろうか・・・・
そう考えていました。