東日本大震災の発生時ちょうど避難訓練の
準備をしていた保育所がありました。
岩手県野田村の野田村保育所!
建物は津波で無くなったが・・・
約90人の園児と14人の職員は
全員無事だったそうです。
保育所は月1回のペースで火災・地震・津波の
3つの想定で行なわれていたそうです。
津波訓練の場合500m離れた高台の家に避難する
段取りだったそうです。
大地震が起きたら『源平坂』に逃げろという・・・
地元の言い伝えがあったそうです。
源平坂は避難場所からさらに奥にある高台へと
向かう坂で昇りきれば津波でも安全と
されていたそうです。
0歳児はひもで背中にくくり・・・
1歳児の10人は保育所で『避難車』と
呼ぶ大型の乳母車に乗せ
そのあと上履きのまま児童達が
あとに続いたそうです。
500mほど進み高台の避難所に着いたそうですが・・・
黒々とした波の塊が防潮林を越え海岸沿いの車を飲み込もうと
しているのを見てここも危ないかもしれないと・・・
一行はさらに500m離れた源平坂を目指し必死で登りきった
そうです。
その時坂の登り口で津波が止まったそうです。
それは凄いよかったと思うのは
当然のことだと思います。
この頃各地で起こる地震
そして放射能問題は当然の事ですが・・・
津波に対して
希薄さが感じられるのは
僕だけでしょうか?
大津波は勿論ですが以前に指摘したように・・・
たかが2mぐらいの津波でも普通乗用車が時速50kで
突っ込んでくるぐらいの打撃があり小さな街だったら
全て飲み込んでしまいます。
一度津波にあった地方は先人の知恵が語り継がれて
いますが・・・
逆に今まで被害に遭っていない
地方の方々こそ・・・
今まで記事にしてきたことや
今回の事を参考にして・・・
語り継ぐべきではないかと
考えます!
今までないは
あるの裏返しです。
関西は地震がないと言われてきたのに・・・
阪神・淡路大震災の時が
正にそれっていえるのでは
ないでしょうか!
いずれにしても災害は待ってはくれません!
乳幼児を連れて逃げるのには時間がかかるでしょう。
保育所では訓練で周到な準備をしていただけでなく
職員らは避難場所についても油断せず最善を尽くしたと
言えるのではないでしょうか!