妻は義母と娘と合流して嵐のライブへ参戦して留守・・・
今、22:30過ぎのJRで帰ってくると連絡が来ました。
今日は朝から掃除と洗濯、車の洗車と普段できないことをしました・・・
昨日の夕方はみぞれ混じりの雨が降って寒かったのですが、今日はまぁまぁ暖かったです。
昨日、兄から電話がきて・・・
兄:「月曜日、朝一で札幌で会議があるから日曜の昼につく飛行機で行くけど、都合つくかい?」
私:「昼間は誰もいないから大丈夫だよ。」
兄:「従姉の〇〇さんが転んで腰を骨折して入院したらしいんだ。」
私:「じゃあ一緒に行く」
〇〇さんは、従兄の奥さんで今母のことで色々世話になっている人です。
実家に着いた兄を迎えに行き、一緒にラーメンを食べながら今後のことを相談しました。
もう母に隠しておくことができないから、事実を告げること。
何かあったら、兄に連絡をすること。
私に電話する時は、返事が来ないことがあっても騒がないこと・・・
とりあえず、母にも現実を受け止めてもらうことにしました。
そして、兄とは申し込んだ施設に空きが出たら、入居する方向で話を進めることを確認しました。このことは、母には施設の入居が可能になったら話をすることにしました。
食べ終わって病院へ向かいました。
見舞いに行くと、〇〇さんは2週間絶対安静で身動きできないと言って寝たきりになっていました。
15分ほど話をして、私のことも一通り話をしてきました。
私のことを逆に心配してくれたけど、「体調は悪くないから大丈夫だけど、多分12月に入ると入院する可能性があるから母のことで何かあったら兄と話をしてください」とお願いしてきました。
病院を後にして、実家へ行き母と兄との家族会議をしました。
母に、10月以降の出来事やこれから始まる大学病院での検査や入院のこと・・・
病気の簡単な説明と、今私の体の何が危険なのかを説明しました。
軽度な認知障害が出ている母なので、一生懸命に話を聞いて「大変だったんだね」と言っていました。
遺伝病の可能性があると話を聞いて、何か考えているようでしたが突然「柿食べるかい?」と話が飛んでしまったりして、嫌なことから逃げようとする症状が出ていました。
物忘れもひどく、昔のことは結構鮮明に覚えてるのに、朝使った鍵がないと騒ぎ出したりと、もう限界の状態でした・・・
まぁどうにもならないので、「火の始末」だけは絶対に忘れないようにと言い含めて兄と実家を後にしました。
兄は、「母さんのことは、俺とみー(義姉のこと)で何とかするから、おまえは治療に専念してくれ」と言ってくれました。
「2人だけの兄弟なんだから、おまえに死なれたら困る!」
兄の優しい言葉に治療に専念する覚悟も強まりました。
30日(金)に北大病院の放射線診断科の予約を取ってもらったので、妻と2人で行ってきます。
前日は、諦めていたユーミンのライブに2人で行ってこようと思っています。
座席はアリーナ席・・・
妻と一緒のライブは何年ぶりだろう・・・
応援してくれる家族のために・・・
頑張れそうです・・・