お盆休みです。




毎年この季節、田舎にあるわたしの実家に、血の繋がりのないような親戚、友達までがうわーっとあつまる。
それだけ聞くと、法事とかの堅っ苦しい感じがするけれど、それがぜんぜん そうでもない。正しくいえば、昔はそうだったが、いまはそうでもない。






わたしの実家を東京のLAとメンバーに言わしめる所以は、海まで徒歩でいける距離にあり、ヤシの木みたいな木や草花を、土があるところにめちゃくちゃに母が勝手に植えたりしていることや、アメ車の販売を生業にしているから、雰囲気がやや日本離れしているところにあるとおもう。
もともとは父方の家族が住む古い日本家屋の母屋を中心に、広大な庭と畑があった。そこを綺麗に均して、趣深い大きな門や長いことそこにあったろう立派な松の木を引っこ抜いて、一人息子がドカンと平屋の一軒家を建てた。それが我が家だ。




だから、祖父の楽しみである盆栽やら植木やらに囲まれた大きな日本家屋の横に、LAが広がっている。LAとはロサンゼルスだ。行ったことはない。



一人になった祖父はいまだに矍鑠としてカッコいい。その祖父にくっついてお墓にお先祖さんを迎えにいってきた。実に数年ぶりのお墓まいりだった。







いとことかお友達とか、みんなが付いてきて賑やかなお墓まいり。きっと お先祖もびっくり。「誰!??」ってなってるとおもう。でも、賑やかだから 提灯がなくてもきっと迷わず付いてこれてるはず。


みんなが集まったのでバーベキューをした。お墓まいりをしたお墓に入っていない人の話もした。ゲラゲラ笑いながら故人の思い出話をする。もう会えないのだけどね、という寂しさのかけらが こころにささっていたのは わたしだけだろうか。





お先祖さんがそうさせるのか、アレコレ思い出すことが多い。いまになってわかる愛情の大きさとか不器用さとか、亡くなってもまだ私にいろんなことを教えてくれるね、と、部屋に飾った大きな写真に言う。あの時ごめんね、の一言が 言えたらどんなにいいだろう。たとえお盆で帰ってきてても、わたしからは見ることができないし、もう届かない、伝えられない、恩返しもできない、だから楽になれないこの辛さが、わたしの業の深さを示してるね、繰り返さないように気をつけますね。また写真に言う。





そういえば神様は蝶々とか虫とかこういうのに乗ってくるってきいたことがある。久しぶりに捕まえたクワガタは小さくてびっくりした。このクワガタには誰がのってたんだろう。きゅうりの馬じゃなくてクワガタに乗ってきそうなのは、、セミの抜け殻をあつめてたじいちゃんに違いない。じぃじの好きな津軽海峡冬景色、昨日スナックでやたら上手に歌えたんだけど、じぃじの仕業かね?





家には食べ物が溢れてる。お盆、食べすぎだ。
今日から気合いを入れて、オーディションざんまいなのだ。

お先祖さんよ、パワーを頼む。



まりさ