バレンタインのいろはも知らないままホワイトデーの旨みだけを知ったオランウータンは、またひとつ歳をとった。



小学生三年生。9歳のことだ。



学校では ドロケイが流行っていた。みんな 朝早く学校に行って、始業のベルが鳴るまで、白い息を吐きながら霜を踏んで走って、遊ぶ。



その年のバレンタインには、私はもうプロの気分で、14個チョコレートを用意した。前年同様、レベル4まで「良さ」で分類した男子たちに炊き出しで配り、友チョコを交換する。なぁに、バレンタインも二年目だ、何をみんな照れてんだ、わたしなんか、渡すことになんの抵抗もないぞ、恥ずかしさもこれっぽっちもない。肝っ玉母ちゃんのように14個配り終えて、満足して友チョコを貪っていた。





そして、ホワイトデー。
事件は起きた。



ホワイトデーは相変わらずの大漁だった。
家に帰ってさっそく、浮かれながら 今日の戦利品を紐解いていく。綺麗な箱に納められた(お母さんの)手作りらしきクッキー、チュッパチャプスの花束、かわいい文房具付きのお菓子、、、たくさんのお返しの中に、可愛らしい小さな缶に入ったキャンディがあった。

言っておくが わたしはキャンディはそんなに好きじゃない。一粒食べ終わるのが待てないし、飽きるのだ。だから正直言って、このお返しは ハズレだ(ちなみに"アタリ"は、綺麗に包装されたお店で売ってる系のトリュフとか生チョコだった。一丁前によくわかってる)。
なーんだよ、キャンディか、とその辺に打ち捨てようとした瞬間、メモ帳の切れ端みたいな紙がハラリと落ちた。


「チョコレート ありがとさん。
ぼくも 安川のことが 好きだよ」





あの時の動揺はいまでも忘れられない。名前をみると、どうやらこれをくれたのは、クラスでも特に目立たない、だけど小学三年生にしてどことなく落語家みたいな雰囲気のある少年だった。田舎の方によくいる、方言や訛りで早くもお爺ちゃんのような貫禄を漂わせているタイプの子で、おまけに顔は中川家のお兄ちゃんの方によく似ていたので、「ちょっと良い」、レベル2に分類されていた。何の気なしに渡したレベル2のチョコレートだ。炊き出しなので 好きともイイねとも伝えていない。バレンタインとは女子がいい感じの男子に甘いもんをプレゼントする日だとしか思ってなかったわたしに、とんでもないお返しが舞い込んだのだった。



それになんだ、「ありがとさん」って。



照れを誤魔化すための「さん」か?敬称か?そもそも小学生三年生で「ありがとさん」て言うか?落語家なのか?お爺ちゃんなのか?なんだこの男は?好き?好きってなんだ?私のことが好きだって?しかも ぼく 「も」と きた。me tooってこと?わたし、きみのこと好きなの?



え、好きなの?





















やすかわ まりさ (9) 
「好き」という言葉を 知った。




(完)






P.S.

やすかわ まりさ (25)
リンクの貼り方を知った。