偶さかの賜物 | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

宿泊したホテルは、繁華街から離れたところにあった。

道理で安かったわけだ。

地図上では名古屋駅からすぐに思えたが、実際歩いてみると、徒歩で20分以上かかった。

俺が、慣れぬ土地に宿泊するうえで一番肝心としていることは、コンビニエンスストア(以下コンビニ)の把握だ。

しかし、ホテルの前に立って、周囲を見渡してみたものの、見える範囲の大通り沿いにコンビニらしきものは見当たらなかった。

おそらく、大通りから離れた裏通り沿いに隠れているに違いなかった。

俺はホテルを出ると、コンビニ探しの放浪に出た。

大抵ホテルの半径100メートル以内にそれは必ずと言っていいほど一軒くらいは存在するものなのだ。

しかし、今回においては俺の探し方が悪いのか、なかなか見つからなかった。

名古屋駅からホテルに向かう際、それはいくつか存在したが、そこまで歩くと、少なくとも10分はかかった。

それに、そちらに戻るのはなんだか負けた気がした。

名古屋駅とは反対側で、新規のそれを見つけたかった。

俺は大通りを渡り、向こう側を探してみることにした。

大通りから裏に入った、住宅街を彷徨った。

コンビニは見つからなかったが、居酒屋が目に入った。

住宅街にひっそりと佇む、地域住民のみに愛されているといった感じの、テレビの酒場紹介番組なんかとはいっさい関係のない無名な居酒屋のように思えた。

だけど、こういう店が安くて美味しかったりするのだ。

「いいじゃないか!」

俺は当初の目的はどこへやら、店に入ってしまっていた。

地元住民でにぎわっているのかと思いきや、店は思いの外空いていた。

カウンター席には誰もいない。

痩せた、どこか女優の木内みどりさん似の女将さんがにこにこと迎え入れてくれると、カウンター席を勧めてくれた。

それから俺の前のカウンターの上に灰皿を置いた。

「いや、煙草、吸わないんですよ。以前は吸ってたんですけどね・・・」

そう苦笑すると、

「あら、ごめんなさい。嫌なこと思い出させちゃったわね。」

と、笑いながら、それを離れたところに持っていってくれた。

メニューを見ると、あのプレミアム焼酎の魔王が、通常価格の半額以下で売られていた。

グラス一杯600円以下と、普通の焼酎の値段と変わらない。

「これは、頼むわな!」

早速俺はそれを頼んでいた。

おつまみは・・・と再びメニューに目をやれば、本日のお刺身盛り合わせが500円。

500円って、スーパーで刺身盛り合わせ買うより安くないか?

それ相当のものしか盛られていないのだろうか?

一抹の不安もあったが、物は試しとそれも頼んでみた。

暫くして、届いたそれは、想像以上のものだった。店によってはこれで1000円くらいとる店もあるだろう。

ここは、最初に踏んだ通り、隠れた名店に違いない。

俺は刺身をつまむと、魔王を飲んだ。

エッジの効いたブリ刺しが特に旨かった。

名古屋と言えば味噌カツだ。

幸いそれもメニューに載っていた。

「うちのは、一風かわっているのよ。」

味噌カツもお願いした俺に、女将さんはウフフ、と思わせぶりな笑顔を見せた。

果たして、その一風変わった味噌カツの正体とは・・・

味噌カツというと、トンカツの表面に、ドロッとした味噌が田楽味噌のように塗られているっていうイメージであったが、ここのは違った。

味噌ダレにトンカツをドボンと漬けたという具合だった。

大阪串カツのウスターソースが味噌ダレになったもの、と言えばわかりやすいだろうか?

なにはともあれ、これがとても美味しかった。

「この味噌カツははじめてです。いやあ、とても美味しいです。」

素直に感想を告げる俺に、女将さんはまんざらでもなさそうな笑顔を見せると、

「串カツバージョンもあるのよ。」

と教えてくれた。

魔王をお替りし続けるのも手だったが、それはなんだか閉店間際のスーパーの半額惣菜を一人買い占めるおばさんのようで、気が引けた。

魔王は二杯でおしまいにし、黒霧島をボトルで入れることにした。

すでに気分は「明日も来る!」だった。

その頃になると、常連さんなのか、一人の男性客が店に入ってきて、俺の席一つ空けた隣に座った。

ボトルも入れたことだし、もうちょっと飲んで行こう。

料理もなくなりかけていたし、俺はポテサラと唐揚げを頼んだ。

女将さんにそれらの注文を注げている傍らで、「えっ!」と声が上がった。

「ん?」と声の方を向くと、男性客が、いやいやなんでもないんです、とでも言うかのように、ちょいと俯き加減で、顔の前に掌を立て、左右に振っていた。

しかし、その後、その「えっ!」の意味を知ることになる。

届いた、ポテサラと唐揚げは、「えっ!」と言葉を失うほど大盛りだったのだ。

とても一人で食べきれるものではない。

言葉を失っている俺に、隣の男性が、

「お一人で、ポテサラと唐揚げ、両方を注文されたから、大丈夫なのかな、って思っちゃいました。」

と、「えっ!」のわけをこの時初めて教えてくれた。

名刺のCMじゃないけれど、

「それ先に言ってよぉー」

だ。

隣におすそ分けしようとしたが、「いや、いいです。」と受け取ってはもらえなかった。

「大丈夫よ。残ったらお土産にしてあげるから。」

離れたところで女将がこちらを見つめそう微笑んだ。

ポテサラはなんとか平らげたが、唐揚げは残すことになった。

お言葉通り、女将さんは、それをパックに詰めてくれた。

会計は驚くほど安い。

ああ、そうだった。

当初の目的をすっかり忘れていた。

「あの、この辺にコンビニってありますか?」

帰り際、そう尋ねると、女将さんは、最寄りのコンビニを教えてくれた。

死角になっていたようで、それはあのホテルに面した大通り沿いに存在していた。

俺は帰り際そこに立ち寄った。

翌朝起きると、お土産にしてもらった唐揚げの他、なぜかコンビニおにぎりが三つと、すっかり温くなった缶ビールと缶サワーとがコンビニの袋に入ったまま、ベッドサイドのテーブルの上に置かれていた。

 

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