後釜 | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

オススメと言われ訪れてみた家の近所の洋風居酒屋は、生憎「本日休業」の札をドアの前に掲げていた。
そういえば、俺にここを勧めてくれた彼女も言っていた。
「やってたりやってなかったり営業日は気まぐれで不定休だから、それに本日貸切なんてことも間々あるから、行かれる時はお店に電話してからの方がいいかも。」
家から徒歩3分とかからないし、たとえやって無くてもそれはそれで構わない、他の店に行くまでのことだと、彼女の忠告には従わなかった俺だが、海外からわざわざ飛行機を乗り継ぎ近所にホテルまでとってやってきた旅行者が、ようやく辿り着いたというのに「勝手ながら本日休業・・・」の札を目にしたのに比べれば、それほどではないけれど、しかしやはり、いくら近所とはいえ、期待して来てみたら営業してなかった落胆は、思った以上に大きかった。
「やっぱり、あらかじめ電話で確認してからにすればよかったな。」
そう「本日休業」の札を見つめ、ため息まじりに呟いた俺の向こうで、隣接するもう一軒の店のドアが開くと、中から店主と思われる男性が体を現せた。
ちょっと前までは予約がとれないレストランが入っていたところだった。
噂に聞いただけで詳しくは知らないが、オーナーだかシェフだか、どちらかが身体を壊され、店を閉じられたとのことだった。
あの店が閉じられて、どれくらいになるだろう?
結局そのレストランには目と鼻の先に住んでいるというのに俺は一度も伺うことはできなかった。
たまに関西やら九州にお住いの方が自身のブログで、
「ついに念願のお店に行ってきた。最高だった。」
なんてそのレストランの訪問記をおいしそうでかつ凝った演出の料理やワインの写真付きで綴られているのを見ると、俺はなんとも奇妙な気分になったものだった。
そんな店も、いつしか閉店になり、店の看板も取り外された。
どうやら、居抜きでまた別の店が入ったようだった。
出てきた男性は、どことなくお笑いのサンドイッチマンのメガネをかけられた方(後で調べて知ったが伊達さん)に似た感じで、俺と目があうと会釈をして「こんちは!」と挨拶をしてきた。
それがまるで、昔からの顔見知りからされたような、余りにも軽いノリで、つられて俺も、つい笑顔になると片手を挙げて、
「チワッス!」
なんて変な挨拶を返していた。
「今日はお休みみたいね、隣。」
彼はそういうと、ドアに掲げられた札に目をやった。
「ま、仕方ないっす。また来ますよ。」
そう答えその場から立ち去ろうとして俺ははたと思いついた。
そうだ、彼のとこに寄ってみるというのも手じゃないか?
俺は振り返ると、まだ戸口のところに立ったままの彼に尋ねていた。
「こちらは、今から入れますか?」
「入れる、入れる!もう3時から店開けて待ってるんだから。お客さんはまだ誰も来てないけど。」
男はそういうとどこか自嘲気味に「ハハハハ」と笑い声を挙げながら、店のドアを「どうぞ」と開けてくれた。



























後になって知ったが、彼こそが前のレストランのソムリエ兼オーナーだった。
居抜きで、全く前のレストランと関係ない人が営業しているのだとばかり思っていたがそうではなかった。
「色々と私も疲れてしまってね。一旦店を閉じることにしたんです。でも体調も良くなってきて、また再開することにしたんですが、今度はできればひっそりとやって行こうと思うんですよ。」
そういうと、彼は俺を店に誘ってくれた時とは一転、物静かな笑顔を俺に見せた。