愚者への贈り物 | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

それは12月はじめの日曜日の昼で、俺は渋谷マークシティーのシャツ屋の前にいた。
シャツ屋とはいったが、湘南発祥のブティックで、見るからに垢抜けた爽やかで上質のシャツのみならず、ネクタイやら、セーター、その他の洋装品なんかも扱っている。
一面ガラス張りの店内では、首から上のないマネキンが品の良いシャツとパンツに身をつつみ、肩には鮮やかな薄緑色のストールを巻いていた。
「へえ、いいじゃん。」
足を止め、ガラス越しにそれを見つめ、そう呟いた俺に、隣を歩いていたマリイが「ん?」というと、俺の目線のほうに目をむけ、それから顔を俺に戻すと睨みつけた。
「いいって、何が?」
マネキンの向こうにはレジが見え、90年代初めの喜多嶋舞を髣髴させる容姿の女性店員が、店で扱っているシャツ同様、上品で爽やかな笑顔を見せながら、客が購入した何かを包装していた。
改めて見る彼女は、ここだけのはなし確かに俺好みではあったが、生憎俺の目に留まったのは彼女ではない、ストールだった。
以前は紺や青といった色合いの衣類を好んで着ていた俺だが、ここのところ趣味が変化してきている。
おそらく人間、ある程度歳を取ると、日本茶系の色が好きになるのだろう。例外でなく俺も、最近は専らその系統の色合いの衣類ばかりを着ている、緑茶色、抹茶色、ほうじ茶色、麦茶色・・・この日もバッチリ濃い目緑茶色で身を固めていた。
「なにって、あのストール。俺に似合いそうだと思わないか?」
そして、笑ってモデル気取りに腕を広げてみせた俺に、マリイはクスリと笑うことも無かった。
相変わらずなにか不機嫌そうな顔を崩さず、怪訝の目を向けたまま、
「緑に緑ってオマイは河童か!」
そう言い残すと、まだ立ち止まったままの俺をそのままに、すたすたと足早にマークシティーの中へと向かって行った。
なんか、怒らせるようなことしただろうか?
わけがわからずも、とりあえず、彼女を追いかけた俺だった。

そのメールが俺のところにきたのは、そんな事があった翌日だった。
友人の徳寺からで、今度ビストロを貸しきってクリスマス会を開くのだけど、如何かという誘いだった。よかったら奥さんもご一緒に、とも付け加えられていた。
家に戻り、早速それをマリイに伝えると、彼女も反対はしなかった。
俺は早速、二人で参加するの意を彼に伝えた。

ビストロは目黒駅と恵比寿駅の間くらいにあった。
店に入ると、店内は美女であふれていた。
徳寺の催す会は、どうしてかいつも美女揃いだ。
何度か会った顔もあれば、はじめての顔もあった。
「あれえ、今日奥さんは?」
予想はしていたとはいえ、想像以上の美女揃いに戸惑い、部屋の隅にポツリとたたずむ俺にそう言って声をかけてきたのは、何度も飲み会で一緒になっている、藤怜子だった。
どうやら、マリイが参加することは周知の事実だったらしい。
「いやあ、実は・・・」
そう答えかけたとき、
「あれ、奥さん、ご一緒じゃないんですか?」
の声が背後で響き、振り返ると、主催者の徳寺が、どこか心配気な顔で立っていた。
「いやあ、実は・・・」
俺はもう一度、繰り返し、そして口篭った。

話は2日前に遡る。
いつものように酒場の穴場で酒を飲み、酔って帰ると、部屋の明かりはすでに消えており、居間にも当然マリイの姿は見当たらなかった。
飼い猫のとらが、突然明るくなった室内に目を細めると、ミャーと一声ないて、定位置の本棚の上から飛び降りると、浴室のほうへ去っていった。
ったくどいつもこいつも俺を蔑ろにしやがって!
舌打ちを付きながら、寝室のドアをあけると、マリイがとても淑女とはいえない格好で、具体的に言えばパンツがずり落ち半ケツ出した状態で、ベッドに横たわり、鼾をかいていた。
十数年前、俺が愛したマリイはどこに行ってしまったのだろう?
かつては昭和のタケイエミといわれたマリイも、今やその面影は、面影しかない
細かったはずの脚は、あの頃の二倍くらいに太くなった気がする。
本人はそんなに変わってない、オマイさんの体力が落ちただけだよ、とは言うが、少なくとも以前のようにお姫様抱っこはできなくなった。
酔った勢いもあったのだろう。
俺はつい、寝ているマリイの太腿をに手を置き、ポンポンとそれをたたきながら、ため息混じりに呟いていた。
「まったく、ちょっとは痩せてもバチあたらねえんじゃねえか。ったくこんなにデブっちまって・・・」
聞こえているわけ無いと思って、声のトーンを落とさなかったのが間違いだった。
彼女は飛び起きると、発狂した。
真夜中だというのに、大声で聞き取れない何かを叫び、マクラを振り回しながら、そして泣いた。
そして、最後に、今度のクリスマス会は、私出ないから!と言った。
その決断は翌日になっても変わらなかった。
「まあ、そう言わんと、機嫌直して・・・」
と宥めたところで、
「これ以上、太るわけにはいきませんから!」
と嫌みったらしく怒鳴り返されるだけだった。

だからといって、彼らにそんな我が家の醜態を話す訳にはいかなかった。
「なんか、今日は朝から体調が悪くて、熱出しちゃって・・・」
俺はそう告げると、誤魔化すように頭を下げた。
「そうか、楽しみにしてたのに、残念ね。」
藤怜子がそう言うと、気のせいか顔を曇らせた。
「ホント、残念っす。」
徳寺が続いた。

しかし、飲み会は楽しかった。
浦島太郎が連れて行かれた竜宮城ってのは、こういう所を言うんだろうな、と思うほどそれは酒池肉林に満ちていた。
マリイとの事などすっかり忘れ、戯れ、恵比寿駅前で、美女の何人かとハグ&チューして別れ、上機嫌で家に戻ると、すっかり真夜中になっていた。

ドアを開けると、部屋の明かりはすっかり消え、居間では本棚の定位置に蹲り、入ってきた俺を見つめる飼い猫のとらの目だけが光って見えた。
明かりを灯すと、急に明るくなった室内に、とらはきゅっと目を細め、一声ニャアと声をあげると、本棚から飛び降り廊下のほうへ駆けていった。
どうも、とらは俺に懐かなくていけない。
俺にすり寄って、甘い声で鳴くときは、水くれ、餌くれ、そのつまみ何?、外出してくれっていうときだけだ。
まあ、仕方が無い。
とらはマリイの連れ猫だからな・・・
思うように行かないのが人生だ。
ため息をつき、PCをチェックしようと机をみると、上になにやら紙包みが置かれていた。
綺麗に包装され、リボンまでついたそれは、手にすると思いの外、軽くふにゃふにゃしていた。
誰からだ?
差出人の名前は表面にはない。
なんだ、これ?
俺がそう思ったのと、いつのまに戻ってきたのか、足元でとらがミャーと甘えた声を出したのは同時だった。
「なんだろうね、とら。」
そう、とらに語りかけ開けた包装紙から現れたのは、肌触りのよい、ふきのとう色の布だった。
ああ!
俺は全てを悟った。
それは、俺が、あのシャツ屋の前で「いいじゃん」といっていたストールだった。
広げたストールの間から、誕生日おめでとう、と書かれた小さなメモが、ひらりと落ちた。


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※フィクションです。