伝わらない | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

その時、俺はある街の駅にいた。
友人とその駅改札前で待ちあわせ、その界隈の居酒屋に行く約束だった。
しかし、友人は約束の時間になっても現れなかった。
30分待ったが、まだ現れない。
もしかして、駅のどこか他の処で待っているのだろうか?
俺は携帯電話を持ち歩いていない。
仕方ない。
俺は、駅員にお願いして、構内放送で彼を呼び出して貰うことにした。
友人は蔦原透剛と言う名前だった。
「ちょっと、人を呼び出して貰いたいのだけど。」と言う俺に、駅員は呼び出して欲しい人の名前を訊いてきた。
俺は伝えた。
「ツタハラトウゴウ」
確かに、彼の名前は珍しく凝ったものだったのかもしれない。トウゴウという名の人を、俺は彼以外知らない。
しかし、俺はその名前をしっかり伝えたつもりだった。
そんな俺に駅員は復唱して確認した。
「スガワラコウゾウさんね?」
いえ、そうじゃない。ツタハラトウゴウ!
俺は、何度か、彼に正確な名前を伝えようと、その名前を連呼したが、彼がそれを理解してくれることはなかった。
「植物の蔦に原っぱの原、透過性の透に剛田剛の剛!」
そう説明しても、結局の所、どうしてそうなるのか、彼の口からでるのは「スガワラコウゾウ」だった。
もう、いいや。
俺は、説明するのを諦めた。
彼の中では、そのスガワラコウゾウの名が完成してしまったのだ。もう変更はきかない。
数秒後、「スガワラコウゾウ」さんの名が、何度か駅構内に流れたが、俺は壁にもたれ、ため息を吐いていた。
あたりまえの話しだが、本物の蔦原透剛はもちろん、同姓同名の俺の知らない菅原宏蔵さんとやらも現れなかった。
一時間待ったが、彼は現れなかった。
俺は、一人その居酒屋に向かうことにした。

しかし、その一時間は致命的になった。
駅を出て例の居酒屋にむかうと、少し歩いたところで、途中、長い行列に出会した。
パチンコ屋の新装開店か?と思いきや、それは、遠くに見える今、まさに俺がこれから訪れようとしている居酒屋の前から続いていた。
どうやら、その店に伺いたい者は俺だけではないらしかった。
「なんだこりゃ?」
と唖然とその列を眺めている傍から
「おい、並んでるならしっかり並ばねえか!オメー、それじゃ、並んでんのか、眺めてるんだかわからねえだろうが!」
と恰幅のいい初老の男が大声で言ってくる。
「あ、はい。すみません。いえ、お先どうぞ・・・」
俺はそういって男に先に列に並ばせると、その後ろに取り敢えず付いて並んだ。
並んで一息も付かないうちに、もう俺の後ろにも一人、また一人と並び出す。
30分もすると、それほど前には進んでいないというのに、ついさっきまで最後尾だったはずの俺の後ろには長い行列が出来ていた。
前を見ても、店の入り口までは遠かった。
どうやら長期戦になりそうだ。
俺はポケットから煙草を出すと、それをくわえ火を付けた。
一服もしないうちだった。
前に立つ、最初に俺に注意してきた男が振り返ると、俺を睨みつけた。
「おい、煙草吸うなら、余所行って吸ってくれネエか!路上で煙草吸うんじゃねえよ。」
そう言われれば、確かに彼の言うことは正しかった。
俺は、素直にすみません、というと、火の点いた先端を靴先で潰し、火の消えた吸いがらを無雑作にジャケットのポケットに放りこんだ。
他に、なにか言いたげにしていた彼だったが、そんな俺をみると「ふんっ」と鼻を鳴らしたきり、顔を逸らし、また前を向いた。

蔦原透剛がやって来たのは、俺が並びはじめてとうに一時間が過ぎ、あと、前の7、8人が店に入れば俺も入れる、といった時だった。
彼は、列の最後尾から、ずっと列の脇を遡り列の中に俺を捜し、その先頭付近にいた俺を発見した。
「どうして携帯出ないんだよ、何度も電話したのに!」
俺を見つけると、開口一番彼はそう言った。
それから、東海道線が人身事故の影響で停止してしまい、大変だったのだ、と教えてくれた。
「でも、お前が並んでいてくれて、助かったよ!」
そういって微笑むと、俺の前に入り込もうとした。
もともと、二人で並ぶはずだったんだから、俺としてはそれは当然のことに思えた。
だが・・・
「おい、お前!」
怒鳴り声に振り向くと、また、前に立つ男が我々を睨んでいた。
「みんな、長いとこ辛抱して並んでんだよ!後からノコノコやってきて割り込むんじゃないよ!恥を知れ!」
そう怒鳴る男に、「なにを!」と声をあげ、なにか言い返しそうにしている蔦原を俺は制した。
「まあ、まあ、まあ、まあ。」
それから、男を向くと、「どうもすみません。」と頭を下げた。
そして、彼と一緒に並ぶ予定だったのだが、人身事故の影響で俺が一人で並ぶことになった。それでもここに彼が入るのはいけないことか?という内容を遠慮がちに尊敬語と謙遜語を交えて、彼に訊ねた。
「ダメに決まってるだろうが!」
男は、より声を強めると、そう言った。
ダメダ、こういう奴には、何を言っても伝わらない。
俺は、ため息とともに、そうっすか、というと、「トーゴー他、行こう。」と彼の腕を引き、列を離れた。

そんな俺達が、なんで奴より早く、店に入ることができたかって?









































さあね、どうしてだろうね?

その後の経過は、自由に御想像くださいね。



※フィクションゆえ、正解はありません。