予期せぬ出来事 | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

ベッドから這い出すと、部屋は凍て付く寒さだった。
我が家で暖房を使わなくなって久しい。
省エネ、環境保護のためと言うと格好良いが、なんのことはない、高騰した電気代が払えないからっていうのが本当のところだ。
そんな我々が重宝しているのが、ヒートテック衣類だ。
あれは実に暖かい。国民への普及に伴って、発売された当初より、より求め易い良心的価格に変化させてくれたというヒートテック販売会社の配慮もまた、冷えきった身体のみならず、心までをも温めてくれる。ヒートテックを着るたびに我々は身も心も温かくなる事が出来る。あれがあれば暖房いらない、といっても過言ではない。
そんなわけで、この朝も俺はクローゼットの引き出しを漁り、ヒートテックの長袖シャツとモモヒキを探した。
しかし、長袖シャツは見つかったが、モモヒキが見当たらない。
「おーい、俺のヒートテックモモヒキ知らね?」
そう、まだベッドにいる妻に呼び掛けると、洗濯した、という答えが返ってきた。
俺は三着のヒートテックモモヒキを持っている。
例え一着洗濯したって、もう二着はどこかにあるはずだろう?
と、ベランダをみると、物干し竿に掛けられた一着のモモヒキが、風に揺れていた。
ベランダにでて手に取ると、まだ半乾きで冷たい。
部屋にもどり浴室脇の洗濯機を覗くと、洗って脱水されたままの状態の衣類が目に入り、その中にモモヒキも混じっていた。
あと、一着は?
と、頭を捻る俺の前に、ベッドから出てきた妻が「おはよう」といいながら顔を洗うために洗面所にやってきた。
みると俺のモモヒキを履いていた。
「俺のしーとてっく履いてんじゃないよ!」
と、文句をいう俺に、
「ちいせえなあ!」
と言うと、妻はそれを脱ぎ、はい!と俺に渡してきた。
俺は、そういうところ実に神経質だ。
そんな、例え妻とはいえ、他人が今まで履いていた下着を、洗うこともなく身に着けることには、病院の入口に置かれた患者用スリッパを履かされるに匹敵した抵抗を覚える。
「もう、いいよ。」
俺は、そういうとそれを洗濯籠の中に放りこんだ。
しかし、こまった。
この寒い朝、靴下だけで、モモヒキ無しでズボンを履き、ジャケットとコートを羽織って出社するのは、ヒートテックに慣れきった俺にとって、ハワイ生まれハワイ育ちの男がアロハシャツに短パンで真冬の蔵王スキー場に行くようなものだった。
それはできん!
コマッタ、どうしたものか?
と悩む俺の目に、あるものが飛び込んで来た。
それは、クローゼットの棚の上に無造作に置かれた妻の黒いパンティーストッキング、略してパンストだった。
まあ、これでいいか?
パンストの上から靴下はいて、ズボン履いちゃえば、誰も俺が女物のパンストを履いてるっってことはわからないだろう?
結局俺は、そうして、家を出た。
パンストは、上にズボンをはいている分には、あんなに薄いのにもかかわらず、ヒートテックモモヒキを凌駕するくらい温かかった。
俺は一日を何喰わぬ顔で過ごした。
夕方になり、帰宅途中、居酒屋に寄ってもそれは同じで、何喰わぬ顔で酒を頼み、つまみをお願いした。
そうして独り飲みはじめ10分もした頃だった。「ここいいかしら?」と、背後から声を掛けられた。振りむくと大徳寺ヘップバーンが微笑んでいた。
大徳寺ヘップバーンについて知らない方もいると思うから、簡単に説明しておく。
彼女の母親は熱狂的なオードリーヘップバーンファンだった。それゆえ、自分の娘には是非彼女の名前をつけようと思っていた。そんな時に生まれたのが彼女だった。
母親は念願通り、オードリーヘップバーンの名を娘に付けた。
ヘップバーンのほうを。
それが、名前ではなくて苗字だと母親が知ったのは、大徳寺ヘップバーンが、「昼下がりの情事」を観ても内容が十分に理解できる年ごろになったころだった。
そんな、どこか物悲しい陰をもつ女性、それが大徳寺ヘップバーンだった。
彼女は、007は二度死ぬにでてきた若林映子(と書いてアキコ)によく似ていた。
俺は彼女を、映(と書いてアキ)ちゃんと読んだ。
彼女自身、そう呼ばれると悪い顔はしなかった。もしかしたらヘップバーンさんと呼ばれるよりは、映ちゃんと呼ばれる方が嬉しいのかもしれなかった。
「あら、映ちゃん、久し振り。どうぞ、どうぞ!」
俺は、彼女に隣の席を勧めた。
彼女は俺の隣に腰を降ろすと、マスターにビールを頼んだ。それから
「マスター、今日ってお刺身、なにができるの?」
と言った。
ジョッキにサーバーからビールを注ぎながら、マスターは申し訳なさそうな顔を見せた。
「ごめんなさいね。今日、お刺身入ってないんだ。酢だこくらいかな、出来るものって言えば・・・」
「あら、そう・・・じゃあ、酢だこお願い。」
そう笑顔でマスターに伝えた彼女だったが、やはり、どこかがっかりした様子は隠せなかった。
「今日、アタシ、お刺身って気分だったのよねえ・・・」
酢だこをつまみながら、マスターに聞こえないような小さな声で、彼女は俺に話しかけてきた。
「うん。」
俺はそんな彼女に曖昧に頷く。
他に答えようもない。
「ねえ、鞠村さん。」
そういって彼女は俺を見つめる。
「うん。」
俺はまた、曖昧に頷く。
「よかったらさ、これからお寿司屋さん行かない?」
寿司ねえ・・・・
悪く無い。
かくいう俺も、実は、マスターから刺身が無いと聞いてがっかりしていたところだったのだ。
「いいねえ、行くか?!」
「ほんとに?!」
映が眼を輝かせる。そして、
「アタシねえ、いいお寿司屋さん、見つけたんだ!」
そういうと、にこっと微笑んだ。

さてと、今夜はどこ行く?
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映がみつけたという寿司屋は、渋谷というよりも六本木に近いところにあった。
歩いてもいけるよ!
と映は言ったが、渋谷警察をすぎて、あとどれくらいと訊く俺に、「うーん、ここから三茶行くより近い。」という返事を聞いた時点で、俺はタクシーに手を挙げていた。
しかし、そうして紹介してもらった寿司屋は映がお薦めとだけあって、とても美味しかった。お酒も和食に合うものが揃っていた。
最後のお吸い物を啜る頃にはお互いいい感じに酔っていた。
映が俺の手を握り、
「アタシ、いいよ。今夜、帰らなくても・・・・」
そういうと、潤んだ瞳で俺を見つめた。
「ほんとに、いいのかい?」
そう言いながら、俺は股間が固くなって行くのをどうする事も出来なかった。
が、次の瞬間俺は思い出していた。
駄目だ!
今夜は、まずい。
そうだった。
俺は、今、この下に妻のパンストを履いているのだ。
ホテルに入り、お互いが服を脱ぎ出す。
そんなとき、映の眼に入る、パンストを履いた俺。
ヤバいでしょ。
どんびきでしょ。
たぶん、俺をひとり残し、彼女は帰るでしょ?!
「キャー変態!」と、悲鳴をあげるかもしれない。そんなことになって、「どうした?どうした?」と従業員やら他の客やらが集まってきたらこれまた厄介だ。
俺は言った。
「いや、やはり駄目だ。映ちゃんが良くても、俺が良くない。」
そして、すかさず大将に手を挙げると、お会計をお願いした。
「どおしてえ?明日、仕事休みじゃん!」
そういって映は甘えて来たが、俺は断固生真面目を貫いた。
「いけないよ、映ちゃん。今夜はもう帰ろう。」
そういう俺につまらなそうな顔を隠しもしなかった映だったが、結局のところ一緒に店を出た。
「駅迄送るよ。」
そういう俺に映は、言った。
「帰るならひとりで帰ればいいじゃん!いいよ、もう他と行くから!」
それから携帯電話を取り出すとどこかに電話し耳に当てた。
なんだよ、結局誰でもいいのかよ・・・・
そんないじけた気分になった俺をよそに彼女は携帯電話に話し出す。
今、六本木の近くなんだけど・・・
とか、
朝迄行っちゃおうよ!
とか、
アタシ、最近いってないから、もうたまっちゃってさぁ
とか、
いいよ、アタシ待ってる!
みたいな会話が聞こえて来る。
サワちゃん、今、彼も一緒?
という質問には、どういうこと?と訊きただしたくなったが、彼女の事だ。色々と俺の知らない世界も知っているのかもしれない。
俺は、それについては問い質す事はせず、黙っておいた。
「それじゃ、鞠村さん、またね!」
あるカラオケボックスの前に来ると、映はそう言って、俺に手を振ると、そのビルの中へと消えて行った。
え?
なに?
カラオケ????
朝迄って、カラオケ???!!!!
しかし、今更、そういうことならつきあうよ、とは言えなかった。
俺はまた流しのタクシーに手を挙げると、それに乗り込み家の近所の交差点の名を告げた。

家に戻ると、まだ十二時前で、俺は浴室に行くと、ズボンを脱いだ。
まるでそれを見計らったように浴室のドアが開く。
「ちょっと!オマイさん、なんでアタシのパンスト履いてんの!」
妻があきれた顔をして俺を睨んでいた。
いや、まあ・・・なんか、寒くてさ・・・
しどろもどろになりながら、それを脱ぎ手渡すと、
「オマイさんが履いたのなんて、二度と履けるか!」
そういって、それを丸めゴミ箱に投げ込んだ妻は、相も変わらず俺のヒートテックモモヒキを履いていた。


※思いっきりフィクションなんで、信じちゃだめよ。