ナンバー | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

今夜泊まる温泉宿の真ん前迄タクシーを呼び寄せたのがいけなかったのかもしれない。
後部座席に乗込み、行き先を告げた俺に、タクシーの運転手は訊いてきた。
「お客さん、どちらから?」
タクシーの後部座席に限らず、何処であっても俺は赤の他人から、自分の個人情報を訊かれるのが苦手だ。
アンタ、何処からきたの?
アンタ、仕事何?
アンタ、いくつ?
アンタ、血液型何?
アンタ、
アンタ、・・・
それを訊いてどうするっていうのだ?
俺が男であろうと女であろうと、何処から来ようと、何型であろうと、なんであろうと、俺はこの後部座席においてはただ目的地に迄連れて行って欲しい一人の客に過ぎないのだ。客というのが気に入らないなら荷物と言ってもらってもいい。
荷物に話しかける分には勝手だが、返事を期待されても困る。
「どこだっていいじゃないっすか。」
そう答える事も可能だったが、それはあまりにも場の雰囲気を悪くさせるように思えた。
「大船から。」
俺は適当に嘘を言った。だけどまるっきり嘘ってわけじゃない。俺は大船にも住んでいるって言えば住んでいる。
「オーフナ・・・へえ・・・」
俺の返事を聞き、運転手はそう呟くと暫く黙った。
しばしの沈黙のあと、運転手はまた口を開いた。
「いやあ、俺は田舎もんで、他の土地のことなんてさっぱりなんだけど、オーフナってのは東京から近いのかい?いやあ、実は、来月ね、孫つれて東京さ、いかなきゃならねえんだけど、なんでも吉本新喜劇ってーの?それを新宿のルミネってとこで観れるってことで、孫つれて観に行くんだ。それでホテルを池袋のトーヨコインってとこにとったんだけど、お客さん知ってるかい?トーヨコイン。」
なんのことはない、俺が何処の誰かなんて彼にはどうでもよいことだったのだ。彼は自分のその話を俺に話したかっただけだった。
知りませんねえ、と笑う俺に、それこそ後部座席に積んだ荷物に語りかけるように彼は話を続けた。
「しかし、あれだなあ。これから東京さ向かうとなると、やっぱり車のナンバーは会津ナンバーじゃなきゃならねえべなあ。」
どうして?
俺にはその意味に倦ねいた。

ご当地ナンバーというものなのだろうか。
町中を走る車の中には福島ナンバーの車にまじって会津ナンバーの車もちらほら見かけた。
最近たまに見かける伊豆ナンバーの車みたいなものだ。
会津ナンバーのっていうのはもしかしたら、この街に住む人のひとつのステータスなのかもしれない。
彼はそれを自慢したいのか?
だとしたら、申し訳ないが、おそらく誰もそんなこと気にも留めない。
よほど目立った車ならともかく、黒の日産カローラのナンバーがなんであるかなんて、俺の靴下の色がなんであるか以上に誰も気にしやしないのだ。
「そんなの誰も気に留めやしませんよ。」
だけど、俺はそれは言わずに、逆に同調した。
「そうですねえ、会津ナンバーって珍しいですからね。」
そう愛想よく答えたものの、俺の声が聞こえなかったのか、それには答えずに彼は続けた。
「なんでも、福島ナンバーでむこうさ行った日には、駐車場にも入れてもらえねえっていうじゃないの。俺の知り合いなんか、トーキョーデズニーシーていうの?あそこさ、震災の後、子供連れて遊びさ行ったんだけんど、駐車場さ戻ってきてみたら、車の窓ガラス全部割られて、車はボコボコ、ボンネットには落書きされてたっつーんだから、恐ろしいはなしじゃないの。福島ナンバーの車じゃ、東京さはとても恐くていけねえ。」

俺は数年前のある出来事を思い出した。
それはお台場のテレビ局近くの公道で起こった。
そのとき俺はお台場のホテルで行われるカンファレンスに出席するために、久しぶりにお台場を訪れていた。
滅多に来ないお台場で、道に迷い、ちょいと地図で確認しようと、信号待ちで停車した際、道路脇の駐車スペースに車を停めようと、ハザードを出し、これから駐車するんでバックしますよ!ということを後ろの車にアピールし、バックしたところ、ガツンを衝撃が来た。
俺の出したハザードの甲斐もなく、信号が青に変わったのを知った後ろのパジェロが、車を前進させたのだ。
「なんで、ハザード出してるのに、前に進んで来るかな?!」
うんざりした気分で運転席を降り車の後ろにまわると、同じように車の席に出てきて自分の車のフロントを見る男と、同じく車から降りてきたその仲間達に出会った。一人の女性が、ニ個の丸い黒い耳のついた帽子を被っていた。
「なして、いきなりバックしただや?」
男の言葉にはなまりがあった。
こういうとき俺は素直に謝る事にしている。どっちが悪いかを判断するのは事を起こしたものではなく、第三者に任せた方がこういう場合平等なのだ。
「いやあ、申し訳有りません。ハザード出していたんですが、気付きませんでしたか?車大丈夫っすか?」
そういう俺に、フロントのフォグランプがずれた、と言った。それから、周りの仲間が「ゲンちゃん、バンパーも曲がってぺや!」とまっすぐなバンパーを指差した。
俺が見た限り、そこに明らかな損傷は無かったし、俺の車のバックにもこれといって修理修復を必要としそうな損傷は認められなかった。しかし、持ち主が曲がったというのだから曲がったのだろう。
「どうもすみません。」
俺はまた謝り、携帯電話で警察に電話をした。
暫くしてやってきた警察は、お互いの話を聞き、結局本来前進すべき道でバックした俺の後方不注意だと言う事になった。
あとはお互い示談にしろとそう言った。
仕方ない。
悪いのは俺らしい。
俺は素直に認め、自分の名刺を彼に渡し、修理代は保険会社を通し払いますので、と言った。
そんな俺に彼は親切にも
「こんぐれえの傷だったら、自腹で払った方が安くつくべ。保険使うと、等級下がって来年の保険料高くなっぺ。」
と教えてくれた。
それから、「んじゃ、請求書はここさおくっから!」と俺の名刺を指差した。

それから数日して、請求書が送られてきたのだが、それが18万円と、実に、保険を使わないで払った方がまだましというギリギリの金額で、送り先の自動車工場もなんともローカルな、もしかしたら彼の友達か身内が営業しているんじゃないか?と疑いたくもなる聞いた事も無い小さな町の個人経営の会社からだったのに、俺はなんだか笑ってしまった。
結局それを指定された口座にいれて、全ては丸く治まった。
俺が、いまだにあの事を思い出すと不愉快になる事を除いては。
そんな彼が乗っていたパジェロのナンバーが会津ナンバーだった。

「ひどい話だ。」
俺は呟いていた。
「ひどい話だけど、それが現実ですよ。」
運転手が言った。

街の中心部に着くと、俺は礼を言って金を払いタクシーを降り、闇の奥に向かっていた。

さてと、今夜はどこ行く?

※それって豊田じゃね?っていうツッコミは無しね。