この日、東京では初めての雪になった。
そして俺は、両国にいた。
一時期は一日のほとんどをほぼ毎日過ごしていた両国だったが、目的が無くなればそう脚を運ぶ街でもない。1、2年前に久しぶりに訪れたのを別にすれば、あのころから20年以上が経っていた。
1、2年前に来た時もそう思ったが、今回訪れ、また思った。
随分変わった。
駅前のファミリーマート、その二階のシャノアールが、俺が足繁く両国に通っていた頃から変わらずに存在しているのを見て、少しほっとした。
約束の時間まではまだ小一時間あった。
当時を懐かしんでシャノアールに行ってみようか。
それこそ当時は毎日のように昼に御世話になっていた。
しかし、あの当時の俺には理解できなかったものだ。どうしてコーヒー一杯がサンドウイッチやらピザトーストより高いのかが。
だからいつも300円かそこらのハムサンドやらピザトーストやらを頼み、飲み物は水で済ませていた。だが、今思うと、俺は相当迷惑な客だったに違いない。
それこそ、お通しも出さなきゃ席代も取らない良心的な居酒屋に入って、4人掛けのテーブル席に一人でドカンと座り込んで「飲み物いらない、この350円の焼きそばだけ頂戴、それとお冷やね!」なんて言って、大股開きで新聞バッと広げる客みたいな。
でも、許して欲しい。今よりあの頃はずっとずっとそれこそ法律的にはお酒も呑めなきゃ煙草も吸えないくらい若かったし、今よりずっとずっとずっとずっと貧しかったのだ。一般的常識も俺が微分積分を理解出来なかった以上に知らなすぎた。
当時の罪滅ぼし、お礼も兼ねて、シャノアールに行こう。
今の俺があるのだって、元を辿ればシャノアールのおかげじゃないか!
よし、今夜はシャノアールだ!
俺はそう心に決めた。
しかし、駅をでてそこに向かうほんの30秒の間に俺は気付いた。
シャノアールにはビールが無い。
そしてその3分後、俺はここにいた。
おそらくあの当時から存在したが、その当時の俺には全く縁が無かったどころか、今日の今日迄こんな店があっただなんて知らなかった店だった。
もしあの頃、俺がこの店を知っていたなら、それこそもしかしたら今の俺は無かったかもしれない。
この店はあの頃の俺にその存在を気付かせぬよう、ひっそりと裏通りにその形を潜めていたのだ。
仰げば尊し
我が師の恩
今~こそ入~り目
いざ、さらーばー
ありがとよ!