驚きと悲しみに包まれました
昨年4/30でした。
お亡くなりになられてただただ合掌です
学生の頃は記憶だけの社会、歴史の時間は
苦痛の二文字でした。
でも田中先生の本を読めば読む程
日本を知りたいと思い、
日本を益々好きになり、
親に感謝するのです。
コラムから
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【明治維新の最大のポイントは律令制の復活にあった】
ダーウィンの進化論にマルクス主義が結びついて
西洋で生まれた進歩史観という歴史の見方があります。
これは時代が新しくなるにしたがって人間も進歩するという考え方です。
だから、現代が一番発達してると考えるわけですが
これは錯覚にすぎません。
日本は自然と共に生きてきた歴史をもつ国です。
人間とは自然的存在であり本来変わらないものです。
変わらないけど、自然と折り合いつつ
改良していくことができると考えます。
明治維新も古いものの上に
新しいものを適応していく動きになったのです。
新政府と律令制(奈良時代)を象徴的に示しているのが
高札(こうさつ)です。
高札とは法令を板に書いて往来などに
掲示して民衆に周知させる方法で、
律令制が取り入れられた古代から明治初期まで
続いていました。
明治の最初の法律は
この高札という形で出されました。
大政奉還とは
律令制の復活だったのです。
それ以前の長い期間、権力を中心とした政治が続いてましたが
今後は、権威を中心として新たに歩もうと決めたというのが
大政奉還だったのです。
日本語 ○o。。o○○o。。o○○o ヘブライ語の意味
アッパレ ○o。。o○○o。。o○○o 栄誉を誇る
アラ・マー ○o。。o○○o。。o○○o どうした理由・何?
アナタ ○o。。o○○o。。o○○o あなた
アリガトウ ○o。。o○○o。。o○○o 私に(とって)・幸運です
先生は100語くらいあると言われてます。
次回は
これを読みます。
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追記
何故、私が田中先生を尊敬してやまないかは
日本という国を捏造から守ろうという
大きな決意を感じられるからです。
【日本国史】
に書かれてる内容も
ここに著す事が正解だと思い
記します。
第14章
現代に続く日本文化の財産
戦後大学の左翼化は著しく人文学科は、共産党員でないと
就職できないという状況でした。
団塊の世代の人達がそうです。
当時、戦後の文学、思想も、輸入されたものの焼き直しか、
人工的か自己否定のものでしかなかったのです。
「近代主義」「個人主義」が謳歌され
その名のもとに、
欧米人を模倣することが逸り、
文学ではそれが翻訳体で表現されました。
大江健三郎、村上春樹などの作品がそうです。
そしてその人工性がもてはやされました。
今も続いてます。
日本の伝統を否定し、
デラシネ(根無し草)の状態を描きだそうとしている。
むろん戦後、
川端康成、小林秀雄、三島由紀夫などが
日本的な独自の感性を示そうとする文学もありました。
ただ欠けているのは、
いつのまにか
民主主義の名を借りて、
少数派が多数派のように発言力をもっていることです。
対抗する保守の人々が、
「言葉」をもっていないことです![]()
日本の変わらぬ思想、歴史観の論理つくりが必要です。
三島由紀夫の死と日本人のあるべき生き方
文学者は文字で自己を表現します。
小説とは芸術であり、そこには常に人間が
表現されています。
表現方法としての小説は資本主義が発達した
19世紀的なものであったといえます。
そこでは国家と個人の問題がともに重視され
個人感情をもとに
人間像が表現されました。
谷崎潤一郎、川端康成と比べると
三島由紀夫の小説には
濃密な日本の伝統文化の社会が描かれてありません。
戦後は、特にそうした過去が
否定される時代でもありました。
自分の小説で、それに代わる新たな世界を構築する事は
不可能と感じられたのです。
そのことが絶望につながったはずです。
その絶望がなければ、
これだけの小説家が死を選ぶはずは無いのです。
小説は西洋で生まれました。
西洋的精神と格闘しなければいけなかった。
それに対する絶望もあったのかもしれません。
江藤淳、西部邁の死の原因にもなったと思われます。
考えが間違ってます。
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「日本はありのままでいい」を
自覚するべきです。
「日本の生き方の方が自然な生き方である」という
認識をもつことが、
日本人の歴史をもう一度見直す大きな鍵になるという事です。
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田中先生は誰にも負けない愛国心をおもちです。
ただの歴史だけではなく
日本の時代背景、思想を加味されてるのでその背景が目に浮かぶのです。
合掌
















