これを書くべきかどうか迷っていました。
書かなければいけない、というわけではないでしょうが…やはり何か書かなくてはいけないような思いにかられたので書き始めています。
10年前の今日、私はまだ実家に住んでいました。
大阪市内なので神戸や淡路島と比べれば僅かな揺れであったと思います。
それでも私にとっては人生最大の地震でした。
恐くなかったはずはありません。
でも、私はその恐怖体験を語ってはいけないような気がしてしまうのです。
私には何も分からない、被災地の方達の話を聞く度そう思うのです。
「分からない」で済ませてはいけないのかもしれません。
それでも、体験しなければ分からないことを分からないままに語ることはできないから…。
分かろうと努力をしました。
その恐怖体験を映像で文字で目にしました。
それでも本当の恐怖は当人達にしか分からない…私はかける言葉が見つかりませんでした。
だから私には語る資格がないかもしれないと思うんです。
私にできることは、せめてこの日には被害に合われた方、犠牲になられた方に思いを馳せることでしょうか。
そして自分の人生を粗末にしないよう、毎日を感謝して生きていくことでしょうか。
書かなければいけない、というわけではないでしょうが…やはり何か書かなくてはいけないような思いにかられたので書き始めています。
10年前の今日、私はまだ実家に住んでいました。
大阪市内なので神戸や淡路島と比べれば僅かな揺れであったと思います。
それでも私にとっては人生最大の地震でした。
恐くなかったはずはありません。
でも、私はその恐怖体験を語ってはいけないような気がしてしまうのです。
私には何も分からない、被災地の方達の話を聞く度そう思うのです。
「分からない」で済ませてはいけないのかもしれません。
それでも、体験しなければ分からないことを分からないままに語ることはできないから…。
分かろうと努力をしました。
その恐怖体験を映像で文字で目にしました。
それでも本当の恐怖は当人達にしか分からない…私はかける言葉が見つかりませんでした。
だから私には語る資格がないかもしれないと思うんです。
私にできることは、せめてこの日には被害に合われた方、犠牲になられた方に思いを馳せることでしょうか。
そして自分の人生を粗末にしないよう、毎日を感謝して生きていくことでしょうか。