子どもが「パパ〜!」って無条件に胸に飛び込んできてくれるのなんて、ほんの数年間。たとえば、小学校に上がる六歳くらいまでだとしましょう。
子どもが生まれてから六歳になるまで、毎週の日曜日を子どもとべったりすごせたとして、それって自分の人生の何パーセントくらいにあたると思います?
日曜日は一年間に約五〇回あります。それが六年間ですから三〇〇日です。一方、ひとの一生は約三万日などといわれます。単純に割り返してみると、たった一パーセント。自分の一生のうちたった一パーセントですよ。
パパがパパでいられる時間は意外と短い。
それに気づいてから、私のなかで時間の損益分岐点が変わりました。
あと、あとがきも泣けます
仕事を通じて、子育てについて、教育について、知れば知るほどに、また、親をやればやるほどに、親にできることってほとんど何もないんだなという、爽やかな無力感を覚えるようになりました。
考えてみれば当たり前です。子育てって、子が親を必要としなくなるように仕向けていく営みなんですから。
ママはパパよりも「子どもとべったり期間」は長いと思いますが、それでも次女が小学校に上がるまで(長女10歳、次女6歳まで)と考えても10年くらい。
確かに「ママがママでいられる時間は意外と短い」のだなあと思います。
最近、子どもたちのことで色々考えたり悩んだりすることがあり、
「育児って本当に大変だし、可愛い時代は短いし、本当に割に合わない」
とか思っちゃっていましたが、そんな大変な時代も、子どもが手がかからなくなってきたら懐かしいと感じるのかもしれません。
内容がとても気になるので、週末に本屋に行って見かけたら購入したいと思います(または平日は読めないけどアマゾンで買うか)