私はとびきり?のお婆ちゃんっ子でした。

そのお婆ちゃんも15年も前に亡くなり母がその歳に近づいてきました。


母の母なのですが、私の両親が共働きだったこともあり、いつもお婆ちゃんの家に居ました。

お婆ちゃんは働き者で、病気がちなお爺ちゃんに代わって、何反もの田んぼや畑仕事をして生計を立てていました。

農家さんだったのです。


お婆ちゃん家には私の大好きな柿の木、無花果の木、桃の木、グミの木、イチゴなど何でもありました。

野菜やお米も豊富でした。

なんでも作っていました。そういえば鶏もいたなぁ、、。

いつも果物のおやつがあり、私が果物好きなのは幼少期の環境なのかもしれません。


お婆ちゃんは年がら年中農作業でしたが、ほかにも和裁の達人でした。

私が和裁師に進んだのもお婆ちゃんの影響かもしれません。

そして、三味線など芸事にも長けておりました。これは亡くなるまで披露してはくれませんでしたが、、。


大正時代に旧家に生まれお嬢さんとして育ったお婆ちゃん。

お爺ちゃんと大恋愛の末、結婚したのですが、やったこともない農仕事をすることになったのです。


沢山の苦労があったと思います。

今、思い出してもいつも働いていました。

そして母に代わって私のことを特別に可愛がり躾けてくれました。


老後は認知症になりましたが、唯一私のことは忘れず、訪ねると色んな話をしてくれました。

今でも、耳の奥で話してる声が聴こえます。


たまに出かける時、お婆ちゃんは自分で仕立てたハイカラな着物を着ていました。

農家さんにはみえないお洒落さんです。ですが手指だけは農家さんのようにゴツゴツとしていました。

決して裕福ではなかったので、反物が買えず洋服生地などで作っていたようです。


そんなお婆ちゃんの着物を、母を通して幾枚か譲ってもらいました。

粋なお婆ちゃんの仕立てたものは、銘仙やら紬やらの洒落た柄でした。

何枚かは着物にし、あとはリフォームしてパンツにしたりしています。


今回は、ウール(ネル)の着物。

解いてみたら洋服地でした。

所々に虫食いがあり、それを繕って湯通しをしました。


これを使って、お婆ちゃんの歳になった母に冬用のモンペを作ります。

これは春夏秋用で、こればっかりは履いています。



軽く、マチがあるので、ゆったりとしていて動きやすく足元が絞られているのでつまづいたりしなくて機能的なんだそうです。

そして、ちょっとおしゃれな感じになるのです。

冬用のがなかったので、あったかいウールはいいなぁと思います。


出来上がったのがこちら。

以前のモンペの残り布を使って、リバーシブルのベストも作ってみました。



私は着物を解き作りながら、お婆ちゃんと話していました。


「ばーちゃん、ごめんよ〜。この着物、去年まで着てたけど、あったかくて軽いから、解いて由利ちゃん(母です)のモンペにするけんよ〜」


「はるみ、そりゃええなぁ〜。由利ちゃん、この着物みたら私が着ようたこと思い出すかなぁ〜。喜ぶけん作ってあげてえよ〜。ばーちゃんも着てもらろうたら、ぼっけえうれしいわ〜」


今日改めて、ばーちゃんを思い出しました。

いろんな佳き思い出が蘇ってきました。

波瀾万丈のジェットコースターのような人生を生きた女性でしたが、いつも一生懸命で、いつも優しく大らかに寄り添ってくれました。


タケノ婆ちゃんの雰囲気に包まれてのお裁縫、豊かな時間でした。


すべてのおかげさまにありがとうございます。