記憶力を持って「いまここ」にいるということが如何に大安心だということに氣づきました。
久しぶりに田舎に帰ったら、父の認知が随分進んでいる氣がしました。
いつも「いまここ」にいるにはいるのですが、それは、過ぎたことをすぐに忘れるから「いまここ」で生きるしか無いのです。
それが、本来の「いまここ」だけでいれば良いのですが気にかかることもあり、そこで何回も同じことを言うし質問するのです。
そして、母も物忘れがひどいとはいえ、本来心配性で、いまここ状態では無いので父に振りまわされるのです。どうしてそうなんだろう、、って。
言葉で説明してもその時は理解しても、胎から理解できません。
そして、母はそれを笑い飛ばすことができないのです。感情を第三者的に片付けることができないのです。
私がいれば、中に私が立つので何とか乗り切れるといおうか、、。
4日間一緒にいたのですが、なかなか大変です。
子育てしていた頃のことを思い出しました。

帰省中、私には常時穏やかな父でしたが、瞬間に父ではないエネルギーを感じたのです。
瞬間に私の存在が、娘ではなくなったりします。氣づいたのは帰東する前日でした。これは、ちょっとショックでした。今思えば、その時に何故笑えなかったのか、、私は氣づかないようにしていました。
「老いること」なかなか厳しいなぁ・・。
こればっかりは予測できない未来!
日々をどう送り命を遣っていくかを考えさせられた帰省でした。
今回の帰省は少し重かったーー!!

とりあえずは、切ない氣もちをゼロリセットです。

こんな体験も、おかげさまでありがとうございます。