麦茶というものを知らなかった
初めて口にしたのは小学四年生
の時
親戚の叔父や叔母と合流して、
父に連れられて海水浴に行った
バスや船に揺られて着いたのは
白石島
海の家には大きな薬缶に麦茶が
たっぷり入れられていた
冷たくはなかったと思う
でも、香ばしい飲み物は今まで
味わったことのない優しさで
渇いた喉を潤してくれた
帰ってからも「あの香ばしい
麦茶が飲みたいなあ」と思う
のだが、そもそも麦茶を作る
習慣がない
喉が渇いたら大人は緑茶を
飲み、子どもは水かせいぜい
粉末のジュースを溶かして
飲むくらいしかないのだ
麦茶を当たり前のように飲む
ようになったのは、それから
十年以上先になる
結婚して初めての夏
棒麦をざらざらと濾し用の
丸い金網に入れて沸かし、
冷やして飲んだ
子どもの時のような感動は
なかったが、毎朝繰り返す
習慣は暑い街に住む実感を
与えてくれた
時代はどんどんスピーディーに
なり、麦茶パックが売り出され
ると棒麦ざらざらの儀式は
いつか忘れ去られた
そして何十年もの歳月が流れ、
先日訪れた家で懐かしい味に
巡り合えた
役員の書類を受け取りに行くと、
「どうぞ上がってくださいな」
初めての訪問なのに気さくに
迎え入れられた
必要な話は5分で終わり、
お茶談義が広がる
「今は棒麦ってなかなか売って
ないよね。 私はこれを買って
いるのよ」
それこそは昔ながらの、派手な
装飾のない袋に詰められた
棒麦だった
「そうそう!金網に入れて濾して
いたっけ」
「あの濾し器がすぐに壊れて
しまうのよね」
麦茶談義で盛り上がり、帰る
時お土産の袋に棒麦を1袋
そっと入れられ恐縮する
我が家に帰って、早速薬缶に
ざらざらと麦茶を入れ沸かし
て30分冷やす
ああ、それこそは子どもの頃
暑い砂浜で飲んだ麦茶の味
だった
時を超え、美味なるものが
あふれるようになっても、
素朴な麦茶の味は忘れられ
ない懐かしさを運んでくれ
たのだった

