連日の寒さで、秘境の実家の水道がとうとう凍結してしまった。
そんなことにならないように、一人暮らしの母は気をつけて、庭の水栓は細く絞って
常に水が流れるようにし、他の水道も布を巻きつけたりして凍結を防いでいたのだが、
そんな努力を嘲笑うかのように、水が1滴も出なくなった。
母は心配掛けまいと、朝のメールには何事もないような文面で送ってきたが、やはり
黙っていられなくなって「実は・・・」と電話で話してくれた。
「困ったね~」
実家の水道は町営の水道ではなく、独自のルートで、山の湧き水をパイプで引いて
使っているので、役場に電話しても動いてくれないのだ。
こちらから車を飛ばして行ってあげたいのは山々だが、このところの寒波で道路は
完全凍結。 慣れないドライバーが駆けつけても、どうにも山道は上れない。
「そうだ!ベルセンターに電話して相談してみよう」
一人暮らしの高齢者の安否を気遣って、直通の電話を設定してあるのだ。
結局、水道は自前だから、水道の業者か民生委員さんに言ってくださいとのこと。
がっかりしていたが、役場の人が40リットルの水を運んで来てくださった。
民生委員のMさんも早速来て、一緒に簡易水道の水源まで行き、何とか開通させ
ようと、いろいろ手を尽くしてくださったのだが、凍結した部分が溶けないとどうしようも
ないと一旦諦めて帰って行った。
それから、4日母は不自由な生活を強いられていた。
水というのは飲料水や料理にも使うが、実際に断水するとそれよりも手や食器、野菜や
米を洗う頻度の方が多いのがよくわかる。
屋根の天日に水を上げたくても、どうにもならない。
お風呂は幸い、まだ水を抜いてなかったから、沸かし直して入ったそうだ。
「今日も凍結したままで、溶けそうにないよ」
母も何とかして開通させようと、寒い中であれこれ悪戦苦闘したようだ。
今日は朝からメールの返事も来ないし、電話しても繋がらないので、だんだん心配
になってきた。
4時前突然、電話が鳴った。
見ると母のゲートボール仲間のYさんからだった。
「今日は、お母さんは何か予定があるのかな?Mさんが、さっき実家まで行ったんだが、
お母さんがどこにもいないんだよ。」
えーっ?!それはどういうこと?!
雪に囲まれて、バイクにも乗れないし、足の痛みがある母がどこかに行くとは思えない。
「すみません。私も朝からメールしても返信がないし、電話にも出ないから心配して
いたんです」
「それじゃあ、私が一っ走り行ってみてあげようか?」
ありがたいYさんの申し出に、頭を下げてお願いして、それでもともう一度実家に電話
した。
「はい。もしもし!」息を弾ませた母の声。
一気に安堵感が身体を駆け巡る。
「ああ、よかった!お母さん、今までどうしていたの?!心配していたよ~!」
「ごめん、ごめん!反対されるから、黙って出掛けたんだけど、実は古い方の水源
まで行って、今帰って来たんだよ」
実家には水源が二つある。
昔ながらの水源は、山を登って1kmも分け入って行かなくてはいけないので、最近は
諦めていたのだが、母は水を起こしたい一心で4時間がかりで、道なき道を杖を頼りに
登りきって往復したのだと言う。
途中、松の木が倒れて道を塞ぎ、笹が生い茂った上に雪が積もり、元気な若者でも
躊躇するような山道を、高齢の母は一人で上って行ったのだ。
「苦労したんだけど、どうしようもなかったよ」
残念そうな母の声に、何事もなく帰宅できたことに、手を合わせたい思いに駆られた。
母の一念が通じたのか、それから30分後に氷が溶けて新しい水源から、水が流れて
来たのだ。
「ああ、ありがたいよ。これからは、私も注意して、みんなに迷惑を掛けないように
気をつけるよ」
朗らかな母の声は、いつもと同じように張りがあるが、一歩間違えば雪深い山中で
倒れていたかもしれないと思うと、今日の母の冒険が無事に終わったことを只々、
感謝するのみである。