ふたつの唇②

『その手を離せ』

冷たくなった私の腕を徳成府院君からオッパは剥ぎ取った。

『冷たくなっている』

心配そうな顔をした。
昨日は私を突き放したのに、今日は私を庇う。

「何処から湧いてきた、テ~ジャンと言いたいところだが、来ると分かっていた」

徳成府院君は大袈裟に俺の前を彷徨いていう。
白い妖しい衣を広げる、それはまるで自分の力を誇示するようだった。

『イセンは、お前が触れて良い方ではない』
「テ~ジャン、其方なら触れて良いのか?」

俺は舌打ちを飲み込み眉間に皺を寄せた。

「図星とみえる」

徳成府院君は人差し指を伸ばし俺の眉間に触れそうになった。
ひんやりとした冷気が漂う。
俺は顔を背けたすると俺の肩にその手を置いた。
シュッと微かな音がし肩が砕けてしまうのではないか?と思うような冷たさが染み込んだ。

『チッ』
「ただ触れただけだ・・・私がそんなに怖いか?」

危うく落としそうになった剣を握り直した。
「オッパ」
その手にウンスが触れていた。
俺は徳成府院君にウンスを見えないように後ろへ隠した。
無駄だとは分かっている。
しかしウンスに、邪悪な視線を浴びせたくはない。

「テジャン、お前が守らなくてはならないのは誰だ?その女か、其れとも」

俺の喉が鳴った。

『叔母上』

その先は言わなくとも叔母上も気がついたのだ。

「王様」

極々小さな声だった。
走り出そうとした叔母上に徳成府院君は

「はぁ~、気づくのが遅い。これでは王様をお守りするのは、やはり私という事です」

地を這いずり回る獣のような低い笑い声が回路の屋根を伝い広がって行くようだった。



「チョナ・・・」

声を掛けないで

『何ですか・・・徳成府院君』
「お返事はいつでも良いのです」

返事をしろと言うのですか。

「もし・・・もしです。返答に困った時に」

もう困っている。
そろそろ婚姻の相手を探さねばと言われたのは事実。
しかし、相手が其方の妹かイセンかなど。
其方の妹を選べは、国は其方に傾き。
イセンを選ぶと言えば、きっとテジャンは私を許さない。
そしてイセンも私から去って行ってしまう。

『徳成府院君』
「これをお使いに・・・チョナ」

私の名を呼ぶ声が、しつこく粘ついた糊のようだ。
一度引っ付けば離れはしない。
白い衣の合わせから小さな小瓶を出し私の手の平に置いた。

『これは?』
「何、返事がしやすくなる薬です」

頭を下げながら笑う顔がまるで獲物を狙う獣の眼。

「テジャンに使えば・・・一番チョナが楽な返事ができますでしょう」

それは・・・。

「二進も三進も行かず、チョナが飲まれたら・・・ご自身が楽に」

頭を徳成府院君は下げているが、真実は私を見下していた。
手に持たされた小瓶は私の手の中でチャプンと小さな音を立てた。

ーテジャン、私はどうしたら良いー

徳成府院君が立ち去った後、その小瓶を持ち涙が溢れてくる。
頬に伝いそうになった時、ドンと大きな音を立てて扉が開いた。