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花言葉・・・淡い恋


「元気にしているわ、テジャン」
俺の息は止まった。

振り返って俺を睨みつけるこの方の顔を見たくはない。
しかし、ひと月も見ていない。
俺は平静を装い、肩から振り返った。
そんな俺の目に一番最初に飛び込んで来たのは艶やかな微笑みだった。
目だけを僅かに動かしその姿を上からしたまでみれば、美しく着飾っている。
『何がしたいのですか、あなたは』
俺は、目をそらせた。
薄い生地は、滑らかな腕の形を浮き彫りにしていた。
俺は何処を見れば良いのか、分からなかったのだ。
「わたし・・・ちょっとあなたにお願いがあるのよ」
俺の為にそのような恰好をしたというのか。
であれば、その姿を見ても良いという事だな。
俺はそらせた目を自然に向けた。
白い首を見せつけるような深い胸ぐりの開いた衣に肩の際から伸びる白い腕。
誘っているとしか思えない。
『俺に願いとは・・・なんですか』
大きな瞳を輝かせて
「開京見物へ連れて行ってちょうだい」
私は、この人にそう言った。
「好きなのか?」と聞かれたら返答に困ってしまう。
「じゃ~嫌いか」と聞かれても、きっと「そうじゃない」って言うわ。
嫌いだって言えるほどこの人を知らない。
それなのに、いきなり「誘惑する」と言われて怯んでしまい。
その上、傷が診たいからと言う理由で自分からも『誘惑する』なんて言ってしまった。
そもそも、どうして命をかけてまで私を返すと言ったのか理由を知らなければならない。
私は、この人の事をもっと深く知りたくなっていた。

『俺は・・・忙しいのです』
そんな事前調査は済んでいるのよ。
断りたいとき言うのは「忙しい」か「機会があれば」後は「1週間後」。
そんな事を言っているうちにズルズルと先延ばしになって、相手が忘れるのを待つ。
『七日後ならば・・・空いているやもしれませぬ』
ほら来た!来ると思ったのよ。
「プジャンが、今日はあなたが午後から見回りに出るって言っていたわ。そのついでで良いわ」
断る隙を作らない、こんなに努力をしたのは初めてよ。
後ろにまわした手の平は、しっとりと湿っていた。
緊張で手の平から汗をかいたなんてあの学会の発表以来かしら?
『わかりました。では、その衣を着替えてください』
「ちょっと待って出かけたいから、着替えたのよ」
そのような男を誘うような衣で街中ではぐれでもしたら、どんな輩に声を掛けられるか。俺は眉をよせた医仙の思いを知らずにそう言った。
『でなければ、お連れできない』
医仙は、後ろを向いて背後にいた武閣氏を手招きし
「悪いわね、いつもの衣を持って来てくれる?」
自分の部屋に行き着替えてくれば良いだろうに・・・。
着替えている間に逃げられたら、また次の手を考えないといけないわ。
今日は、この人の事をしっかりと見ると決めたのよ。

「この衣には化粧は似合わないわ」
せっかく付けたであろう、美しい紅を手の甲で拭き取り此方を向いた。
「さぁ行きましょう、テジャン」
俺の手を強く握りしめて引っ張り前を歩き出した。
『そんなに急いで何処に行きたいのですか?』
俺がそう言えば、呆れたように
「ここにいると決めたのに、街中は知らないのよね。だから行きたくなったのよ」
此処にいると決めた・・・それは真の事なのか?と聞き直したくなる。
ずっと居てくださるなら、俺はこれから先もこの方と一緒におれるのか?
大きな騒ぎを起こして頂きたくない、その思いであのような事を言いくちづけまでしたと言うのに俺はその時にはもう目が離せなくなっていた事に今更気がついた。
引かれた手のしっとりとしたぬくもりに、頬はゆるみ自然と笑っちまうのだ。
「ちょっとテジャン。あれってボッタクリじゃない?」
『なんですか?その・・・ぼったくりとは?』
「もう~ものを知らないわね~。相場以上の値段だって言ってるのよ」
俺の腕に手を絡め市井の店を指差し、珍しいものがあれば強く肩を叩く。
見上げる瞳は、俺だけを見て微笑む。俺は勘違いをしてしまいそうだ。
「ちょっと、ヨンァ。あれって美味しいの~食べたぃわ」
『では、俺が買って差し上げましょう』
「太っ腹ね~大好きよ、あなたの事」
その言葉を聞いた時に、胸の奥がズキリと痛んだ。
俺の命が惜しくて「帰らない」と言ってくださったのか、いや俺以外の者が言っても「帰らない」とこの方は言うのだろう。
この方の「好き」は、羽の生えた虫のように軽いものなのだ。
『楽しい』この人といると時間が過ぎて行くのが早かった。昼過ぎに出たのに気がつけば陽がかなり西に傾いていた。
疲れたと言って入った茶屋で、いつの間かこの人の肩に凭れて眠ってしまった。
こんなに楽しかったら・・・本気で、帰りたくなくなってしまうじゃない。
俺の肩に凭れて眠るこの方の頭がグラリと揺れた。
俺は慌てて掌で受け止めた。

あたたかい父の膝で眠る夢を私は見た。
『そろそろ、起きてくれないか?』
「もうちょっと、もうちょっとだけ・・・ひさしぶりなの、こんなに気持ちがいいの」
適度に硬い膝を抱えこむように、また目を閉じた。
大きな手が私の髪をやさしく梳きといた。

夕惑い(宵惑い)・・・夕方から眠たがること。