惨めなシンデレラ・中編【第十七話】

『それなら、別人になればいい』

健吾(大貫勇輔さん)の言葉が、光(深津絵里さん)の心を突き刺した。


『別人』

成れるものなら、なりたかった。

光という名前は本当に皮肉だった。

子ども時代、ロンドンの街角。

クリスマス前、学校帰りに両親と仲良くウィンドウショッピングする子ども達を良く見かけた。

欧米では、クリスマスが終わると同時にどのような高価なモノでも半値になる風習がある。

賢い庶民は、自分達の欲しいモノをウィンドウショッピングで目を付けておくのだ。

そして、半値になったら買う。

家族連れの楽しそうな声。

この時期は、光にとって一番辛い時期であった。


実の母は、父の愛情を得られず失意のまま亡くなった。

何処から現れたか、ミヤビ(イ・ジアさん)という少女に、今の家族は釘付けである。


光は、ひどく孤独だった。

青い月を眺め、歌を口ずさむ。

遠くまで美しく伸びる歌声。

たまに現れる叔父和彦(加瀬亮さん)だけが、光を気にかけてくれた。


『光は、とても歌が上手いんだな(笑)』

『そんな事ないよ』光は、照れて小声で返事をした。

しかし、ある日、和彦はいつものように褒めてくれた後、こう言った。

『光、ミヤビの前では唄うな。いや、光、ミヤビにお前の能力を絶対、見せてはならない。分かったね。』

光は、耳を疑った。

和彦までが、彼女を大事にしているのか?


平凡な家族と平凡に暮らし大人になったら、新しい家族と平凡に暮らす。

人生を終える時、子どもや孫に囲まれ、ああ、幸せだったとこの世を去るのだ。

それが幼い光の夢だった。

子どもながらそんな事を考える自分は、異常なのだろうか?


ある日の夕方、光はロンドン郊外の夕陽が美しい丘にやって来た。

和彦の言葉に益々孤独を募らせ、堪らなくなったからだ。

すると、頭上から何か光るモノが落ちてきた。

『なんだろう?』

光は拾った。

それは、おもちゃの指輪だった。

大きな木の上から、男の子が降りて来た。

『お姉ちゃん、返して!』

その子は、東洋人だが、日本人ではないようだ。まつ毛が長くクセ毛が何とも愛らしかった。

『コレ、君の?』

『そうだよ。僕が大人になったらお嫁さんになるお姉ちゃんにあげるんだ!』

『君みたいなカッコいい子のお嫁さんになるなんて、羨ましいな。そのお姉さん。』

『そうでしょ。僕がずっとずっと護るんだよ。』

『そうなんだ。』

光は淋しげに言った。

その男の子は、じっと光を見つめた。

『あっ、でも今日は・・・お姉ちゃんと遊んであげるよ。僕、ケニー。』

『私は光。ケニー、ありがとう。』

『あの木の上から見る夕焼け、とっても綺麗だよ。ゆっくりでいいから登っておいでよ』

ケニーは、ミヤビと同じく淋しい眼をしているこの少女が何故か気になった。

ケニーがやっと木の枝に辿り着いたその瞬間、光はもうケニーの隣にいた。

『えっ、お姉ちゃんどうやって登ったの?』

『ナイショ(笑)』

夕焼けが星空に変わり青い月が出てきた。

光がいつもの歌を唄い出す。

『お姉ちゃん、歌上手だね!』

『そう?ありがとう。』

光は、眼に涙をいっぱい浮かべていた。

世界はこんなに美しいのに、どうして人間の心は醜いのかと。

でも、目の前の幼い少年の瞳はとても美しい。

『良かった。君に、会えて。』

はっと、我に帰る光。

光は、幼い日の出来事をふと思い出していた。


一瞬、北風が吹き抜けた。

そして、光は、健吾にはっきりと

『判りました。なるわ、別人に!』 

いつもと違う光の雰囲気に草野(北村一輝さん)は驚いた。


翌日、健吾は光を迎えに来た。

フランス大使館近くの施設に連れて行かれた光は、ある一室に入った。

健吾は、草野に

『此処でお待ちを』

と言った。




草野は、警護という名目で光をエスコートする事になった。

首相官邸には許可は得ている。



何人かの部下は、内外で待機していた。
光が、健吾に連れられ、草野の前に現れた。


草野は息を呑んだ。
そして、それはため息に変わった。
光は、眼鏡を外し髪を黒く染めブラックのフォーマルドレスに身を包んでいた。
『美しい。なんて・・・美しいんだ。』
とても50代の女性には見えない。

草野は、とても緊張していた。
いや、ミヤビに対する気持ちとは全く違う。

しかし、今は自分の全てをかけて
光を護ろうとしていた。
今、パーティー会場の扉が開く。

『さあ、胸を張って!』
側にいた健吾に声をかけられた光は、姿勢を正し扉の向こうへと一歩踏み出す。

その頃、ミヤビもケン・ソゴル(ソン・スンホン様)と共に、正装しフランス大使館へと向かっていた。






ミヤビと光。『Blackmatter、光と影。』2人に和彦(加瀬亮さん)の声が聞こえた。
2人が出会った時、とてつもない悲劇が起こるとは、今は誰も知らなかった。