人間は、『自分に都合のいい』事実しか見ないそして、聞かない習性がある。

日本人は、特にその傾向が強い。

長いものには巻かれるのだ。

もしくは、否定されたら『自分だけは大丈夫。』という正常性バイアスが働く。


フィルターバブル−エコーチェンバー【第十五話】


方崎(渡部篤郎さん)と草野(北村一輝さん)が総理執務室を出たあと、佐間慎太郎(堤真一さん)は、自分の私用携帯が鳴っているのに気づいた。

『どうだ?そっちの様子は?』

『彼女は、大丈夫です。まだ、誰にも気づかれてはいません。』

『健吾(大貫勇輔さん)、そのまま彼女について、全てを報告しろ。』

『了解しました。』





ひとりのショートカットの銀髪の女性がいた。目立たず小柄でレンズの厚い眼鏡をかけている。

年齢は、50代だろうか?

向こうから、帝都大学の若い男子学生が集団で走ってきた。

丁度、ミヤビ(イ・ジアさん)の警護に石丸として戻ろうとしていた草野は、一瞬の出来事にその目を疑った。

その女性は、正面から向かってきた複数の男子学生の動きを見事にかわしスリップしながら避けていく。そして、何故かぶつかって倒れたように見せかけた。

普通なら、彼女が大怪我をしてもおかしくはない状況だった。


若い男子学生のひとりが

『気をつけろよ!オバサン!』と吐き捨て走りさった。


草野は、彼女に駆け寄った。

『大丈夫ですか?』

『大丈夫です。ありがとうございます。』

霞むような小さな声で彼女は、草野に礼を言い去ろうとした。

『あの、ちょっといいですか?』

『私は、警視庁の草野と言います。貴女、大学の職員ですか?』

草野は、本名を名乗っていた。

『ハイ。』

首からさげた職員証に、

『速水光』と書いてある。

『速水さん?』

『あの、仕事がありますので、失礼致します。』



彼女は、頭を下げ走って行ってしまった。

草野は、何故か気になった。さっきのあの動き、あれはタダモノではない。


速水光(深津絵里さん)の耳に、鷹埜和彦(加瀬亮さん)の『Blackmatter、光と影』あの言葉が響く。

しまった!さっきの男に見られたかも。

和彦はよく言っていた。

『トンネルヴィジョン、人は、見たいモノしか見ないんだよ。お前に気づく人間は多分いないだろうな。いや、絶対気づかれてはならない。』




私が影、そして彼女が光。

皮肉なものだ。

名前とは正反対の人生を送ってきた。それが自分の宿命と言い聞かせた。

静かに目立たぬよう。和彦の言いつけを守って。

20年前の事故で、和彦が行方不明になってからは、一人ぼっちだ。

誰も愛さず。

淋しくてたまらない時は、1年に一度、青い月を見上げては小さな声で、ある歌を口ずさむ。

奇跡を祈りながら。


しかし、彼女の本当の姿に気づいている人間がいると、最近感じる。

誰かが自分を見ていると感じるのだ。

『マズイなぁ』


佐間慎太郎は、執務室の窓から東京の夜景を眺めながら、大学時代を思い出していた。

彼女は、古ぼけた穴の空いたスニーカーを履き、いつも同じGジャンを着て、アルバイトに遅れると走っていた。

驚く程、走るのが速かったなあ。

どうやら苦学生のようだった。

学祭があった。

1つ年上の彼女がステージで、唄っていた。

美しい伸びやかな声。

彼女は、とても美しかった。そして眩しかった。

しかし、その直後、彼女の姿は見えなくなる。


佐間は、彼女の事を総理になった今も忘れられない。

あれから、何年探し続けただろう。

『やっと、見つけた。』

佐間は、呟きニヤリと笑った。



光が見つめる先に、いつもミヤビがいた。そして、ミヤビをいつも見つめるケン・ソゴル(ソン・スンホン様)も。

光は、ケンを見ると懐かしさと悲しみが同時に湧き上がる。
そう、私が彼の視界に自分が入る事は決して無いのだ。
決して・・・・・。