第343話 似たもの同士
時間が経過しても
俊ちゃんと別れたという実感は沸かなかった。
私は彼が結婚した訳を
どうしても分かることが出来ずにいた。
くよくよと思い煩うことが苦手だから
予定を詰め込み、忙しく動き回って、考える時間を持たないようにした。
近所のビデオ屋で連続ドラマを借りてきて仕事までの時間を潰した。
仕事が終わると毎晩飲み歩いた。
週に1度の休日はショッピングやエステに出かけた。
だけど私は
何かが変わってしまったようだった。
買い物に行っても欲しいと思うものが見つけられず
結局何も買わずに帰ってきてしまう。
借りてきたドラマや映画を見ても
ほとんど感情移入ができない。
人も風景もどんな物も
私の上を無感動に流れさっていってしまう。
たぶん、俊ちゃんが結婚したという事実を認知した瞬間に
悲しみを押さえ込むのと引き換えに心が干からびてしまったのだろう。
そう分かったところで
自分の意思では感情や欲望を呼び戻すことが出来ず
ただ空っぽの心で日々の時間をやり過ごすしかなかった。
ふと気を抜くと
俊ちゃんがドアを開けて入ってきて
「今までのことはまりもを懲らしめるためだったんだよ」なんて言いながら
「もう悪さするなよ」と優しくげんこつでもくれそうな気がしてならなかった。
何度となくそんなイメージを心に描いた。
私はずっと彼の帰りを待っていた。
近頃、毎晩のように一緒に飲んでいるノリ君とは店で知り合った。
元々は私の指名客のツレだったのだけど
最初に店で会った時
彼の見た目がかなり好みだったこともあり
営業も兼ねてテーブルの下でこっそり手を握ったら
その後一人で店に足を運んでくれるようになった。
ノリ君は店に遊びに来ても
ホステスのことを持ち上げたり口説いたりすることはなく
意地悪を言ったりからかったりして、弄るのを楽しんでいる。
優位に立って転がしてくれるあたりが好きなタイプだった。
ノリ君は私よりも4つ年上で
昼間金融会社で働いている。
何年か前までは
国分町でボーイの仕事をしていたようで
顔が広くていろいろな店を知っていた。
その頃のノリ君は
うちの系列店ではないけれど
国分町ではかなり名の知れたキャバ嬢と付き合っていたらしい。
彼女のことは他の客からも噂で聞いたことがあったし
ホステスを紹介するマガジンや新聞などでよく目にしていた。
たぶん私は「あの子が選ぶ程の男」という観点からも
ノリ君に興味を持ったような気がする。
恋愛感情はなかったけれど
私のことを可愛がってくれる兄貴分というかんじで
他のお客さんとは一線を隔した存在だった。
何度か一緒に飲んでいるうちに
彼はアルコール依存症のけがあると感じた。
深夜になると酒を煽るように飲みだし
それにつけて段々と酒癖も悪くなる。
唐突に店の店員に切れたり
道を歩いていて喧嘩になったりすることも一度や二度ではなかった。
ハラハラすることも多かったけれどだけど
私が止めると一応は聞き分けてくれるので今のところはどうにかなっている。
世話の焼ける困った兄貴だなぁと思いながらも
ノリ君と酔っ払って馬鹿をやってるのが私も楽しかったし
何よりイヤなことを忘れられるのがありがたかった。
いつも4時くらいまで飲んでから
私達はふらふらと千鳥足で国分町を歩いて帰る。
ノリ君はどれだけ酔っ払っていても
きちんと私を家の前まで送り届けてくれる。
「全然下心ないんだね」私がそう言うと
「おまえと飲んでるのはただの道楽だよ」とノリ君は余裕の笑みを浮かべていた。
たぶん女と同棲でもしているんだろうなと私は思った。
心地よい距離感で丁度いい関係だった。
ある日、店が終わってから
いつものようにノリ君の飲んでいる店に顔を出すと
すでに彼はかなり酔っている様子だった。
ノリ君は泥酔すると
昔付き合っていた例のキャバ嬢の話をよくする。
その日は
彼女がヤクザの親分とのアフターで酒にハルシオンを入れて逃げ帰った武勇伝や
同棲をしていた頃に客にDMを書く手伝いをしたことなどを話してくれた。
どうして別れたのかは詳しく聞かなかったけれど
今でもあの子のことを好きなんだということは容易く見て取れた。
私も相槌代わりに自分と俊ちゃんの話をした。
お互い酔っているからか、湿っぽくなることなく話すことが出来た。
「私達って昔の恋人に未練があるところが似てるのかな?
ノリ君も傷ついてるんでしょう?」 私はふと尋ねた。
「傷ついてないよ、ただ気持ちが宙ぶらりんなんだ」
ノリ君は酒を飲み干し目を細めた。
「気持ちが宙ぶらりん」
私はそう反芻しながら
彼とこうやって飲むようになってからの日数を数えた。
だいたい1ヶ月くらいだった。
私は失恋でひからびてしまった自分の心に少し飽き飽きしていた。
こんな状態から抜け出せるのならノリ君と寝てもいいかもしれないと思った。
そう思いながらも
彼と一線を越えたくはないという気持ちも半分は残っていた。
新しい男女の関係に踏み込んでいくモチベーションが私にはまだなかったし
何より俊ちゃん以外の男と寝てしまえば
それは自分が『終わり』を認めてしまうことのような気がして怖かった。
抱かれてもかまわないと思う一方で
それを避けようとする矛盾した心理だった。
「うちらっていつまでも色恋にはならないのかなぁ?」
私は酔いにまかせてノリ君の気持ちを探った。
「俺は女には困ってないからなあ。おまえごときじゃチンコが立つかどうか」
ノリ君はあいかわらずの憎まれ口を叩く。
「そうやって私を煽ってその気にさせる戦法ね。その手にはのらないもん」
私は鼻で笑って唇を尖らせた。
だけどすぐに
罠にかかってあげてもいいかもと思いなおした。
「キスしていいよ」
私は気のある素振りと表情で言いながら
唇の力を抜いて目を閉じた。
だけど、意に反してキスはされず
かわりに強烈なデコピンをくらった。
「ひっどーい!」
私はおでこを押さえて頬を膨らませた。
この人のこういうところ好きだなぁと心の中で思った。
そんな駆け引きを楽しみつつ気を抜いていたら
ノリ君が無言で唇を押しつけてきた。
唇が離れるとノリ君は熱っぽい眼差しで私を見た。
不意をつかれて一瞬「うっ」となったけれど
すぐに気を取り直して「ふふん」と勝ち誇った顔で顎を上げた。
「おまえ俺に似てきたんじゃねえの?」
ノリ君は楽しそうに笑った。
「私とエッチしたくなった? ふふふっ」
「男としておまえにその気がないってわけではないんだけどな。
だけどさ、俺もおまえもこれ以上人生複雑にしてもしょうがないだろ?」
ノリ君はそう言ってグラスに残ったジントニックを一息にあけた。
「なるほど、たしかに」
私は妙に納得して笑った。
それから一時間後
ほろ酔いの私と泥酔のノリ君は頬をほてらせて店を出た。
どちらともなく自然とラブホテルの方角に向かった。
「軽い気持ちで俺と寝た?」
起きたばかりのノリ君が物憂げな声で尋ねた。
「どうなんだろう。普通に好きだよ」
「そっか、おまえ俺と付き合いたい?」
ノリ君は悪戯っぽく微笑んだ。
茶色の瞳には少年めいた無邪気さと
大人の男の色気が等分な輝きを放っていた。
「ノリ君の彼女かぁ~
悪くなさそうだけどやめておくわ」
「どうして?」
「だってノリ君、あの子のことまだ好きでしょ?
それに…今だって本命の彼女がいるんじゃないの?
別に答えなくていいよ。今の私そういうこと気にならないみたいだから」
「おまえのことずっと可愛いとは思ってたよ」
ズルい男だなぁと思って私は笑った。
だけど変に嘘をつかないあたりは逆に好印象だった。
「別に一回寝たからって何も変わらないよ。
ノリ君はいままでどおり飲み友達でいいの。
彼女面したり束縛したりしないし安心して」
「健気なこと言うなあ。キャラじゃなくねえ?
じゃあさ、もう少し俺に頼ったり甘えたりしてもいいよ。
欲しい物があったり、行きたい所があれば遠慮なく言いな。
俺が出来る範囲なら叶えてあげる」
「それこそノリ君のキャラじゃないんじゃないの?」
「おまえ、俺のことをどんな男だとイメージしてるの?」
「酒乱でやんちゃな兄貴ってかんじだよ。
つーかさ、マジでお酒の量は気をつけた方がいいよ。
ノリ君そのうち血でも吐きそうだよ、今のままだと絶対に早死にしちゃう」
「おまえ長生きしたい?」
「いや~全然。いつ死んでもいいってかんじ」
「俺も」
私は腑に落ちて哀しく笑った。
ノリ君も同じような表情で笑い返した。
似たもの同士の二人が
傷を舐めあっているだけだとしても
今はそれでもいいのかもしれないとぼんやりした頭で思った。
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