第302話 フラッシュバック
ベッドに身を投げ出し
疲れた身体を少しでも休めようと目を瞑った。
けれど
未だ神経が尖っているのか
私の意識はいつまでもまどろんでいかない。
私の耳は
私の意志とは関係なく
どんな小さな音も聞き漏らさなぬよう集中している。
しかたなく起き上がり
皆が寝静まった後のダイニングに飲み物を取りにいく。
冷蔵庫を開けると種類豊富な飲食物が並んでいる。
苺ミルクはきっと理沙のものだろう。
冷えた麦茶を取り出し
ペットボトルのまま一気に飲み干す。
カーテンの隙間から庭を覗く。
外灯に照らされてぼんやりと木蓮の木が見える。
私が小学校に上がるときに母が植えてくれたものだ。
家の庭には
兄弟三人それぞれの節目に植えられた記念植樹が並んでいる。
私たちの成長と共にこの木も年輪を重ねてきたのだろう。
庭に異変がないことを確認した私は
今度は室内に目を移す。
コンセントのプラグやエアコンの送風口に目をやる。
電話の受話器をあげて異常がないかを確認する。
壁に頬を寄せて音がしないか耳を澄ます。
『大丈夫、ここは実家なんだから』
心の中でそう言い聞かせ頭を振った。
こういった行動がすっかり習慣になっている自分に
ゾっとせずにはいられなかった。
自分の部屋に戻ってからも
心細くて俊ちゃんのことばかりを考えていた。
私にとって俊ちゃんのいない夜は
たとえ一夜でも我慢することは難しかった。
『いったいこれからどうすればいいの』
考えれば考える程
具体的な解決策など何もないという思いで不安が膨らみ
さらなる焦燥感が胸が締め付けた。
家族と共に生まれ育った家にいても
愛する男の腕に抱かれていても
私の不安は募るばかりで出口を見つけられない。
何もかもがキツくて
両手で顔を覆って泣いた。
むしょうにスピードが吸いたくなった。
――私と神様は繋がっている
世界の全ては必然だ――
――俊ちゃんは運命の相手
だって私達は双子の魂なんだから――
――私は天使
彼を底知れぬ暗闇から救うことが使命なの――
私は幻想を守るためにスピードを必要としたのだろうか。
翌日のお昼過ぎ
最寄の駅に到着したと俊ちゃんから電話が入った。
すぐに母の運転で駅に向かった。
父は仕事を休み
家で俊ちゃんの到着を待っていた。
「俊ちゃん!!」
改札口に佇む彼の姿を捉えると
私は一目散に走り人目もはばからず抱きついた。
「逢いたかった!」
俊ちゃんは母に向かって深々と頭を下げ
母は軽く会釈すると黙って車まで歩き始めた。
父は和室で訝しげに腕を組み
眉間に深い縦皺を刻んだまま目を閉じていた。
母が俊ちゃんに座布団を勧める。
俊ちゃんは座布団には座らず
いきなり畳に額を擦り付けながら父に謝った。
「自分がついていながら申し訳ありませんでした」
「本当だよっ!」
父が目を見開き間髪いれず怒鳴った。
私はその成り行きに驚きを隠せず
急速に頭に血が上って父を睨みつけた。
「ちょっと待って! 俊ちゃんは何も悪くないよ!
俊ちゃんを責めるなんて酷いじゃない!
私がこうなったのは全部お父さんとお母さんのせいでしょ!
おまえらの育て方が悪かったせいだろうがっ!」
両親への恨みつらみが一気に噴きだしそうになる。
「ちょっと! あなたもまりもも落ち着いて」
母が慌てて場を宥めに入る。
「そんな風に怒鳴りあっても何もはじまらないでしょう…
……まりもが本当に大好きだって言うから、どんな人かと思っていたけど
まるで劇画にでも出てくるようなハンサムね。 俊さん」
母はそんな事を言いながら桜餅と日本茶をテーブルの上に置いた。
それからはまた私が延々と話し続けた。
昨晩の話を繰り返し俊ちゃんの反応を確かめたけれど
彼は下を向いたままでほとんど黙っているだけだった。
これでは埒が明かないと思った私は
「少し気分転換してくるから」と俊ちゃんを連れて外出した。
「なんかごめんね。 うちのお父さんかんじ悪くて・・・。」
「ううん、しょうがないさ」
「はぁ~、 でも逢えて良かった。 来てくれてありがとぉ。
これから新宿行こうよ、一番落ち着くし。 ラブホでも入ってゆっくりしよ」
「すぐ帰らねーと親が心配するんじゃねーの?」
「大丈夫。 そんなのあたしの勝手だもん」
歌舞伎町に行けば知り合いが大勢いる。
ディスコの黒服もキャバクラのスカウトも皆顔見知りだ。
新宿までは電車で行き
地下街を通ってアルタ横から地上に出た。
「先に大久保に寄っていこ。 シャブ買う」
俊ちゃんに有無は言わさず
さっさとタクシーを止めて大久保公園に向かった。
いつものように
見知らぬ外人から覚醒剤を3グラム買った。
コンビニでアルミホイルとストローを買い
ホテルまで我慢できずに駅のトイレでスピードを吸った。
「お待たせ~!」
疲れが抜けて軽くご機嫌になった私は
トイレの前で待っていた俊ちゃんの肩をぽんと叩いた。
俊ちゃんは
浮かない顔をしている。
「待たせすぎちゃった? あはっ
ラブホ行こう~! 早くいこ!」
私達は夕方の歌舞伎町を腕を組んで歩き始めた。
すぐに異変を感じて
私の状態は急変した。
方耳のイヤホン、意味ありげな嘲笑、
歌舞伎町に敵がわらわらと沸いている!
「逃げられるわけないでしょう」
「いいかげんに諦めろよ」
「ピンクの下着だね」
耳に入ってくる
すれ違う人々の会話は
敵お得意のほのめかし行為だ。
それに加えてTシャツの英文字攻撃。
『KILL!!』 『The life ended』 『Watches』
一段と敵の人数は多く
私を追い込む完璧なまでのフォーメーションをとっている。
私の緊張は頂点に達し
早足で人ごみを擦り抜けていく。
俊ちゃんも早足で追いかけてくるが
人にぶつかって私に付いてこられない。
「ねぇ助けて! 私追われてるのよ!」
知り合いのディスコの黒服を見つけ声をかけた。
「お!まりもじゃ~ん。 超ひさしぶり、最近何してたの? あ? 彼氏?」
黒服はやっと追いついた俊ちゃんに視線を送りニヤニヤ笑う。
「ちょっと聞いてよ! 私組織に狙われてるの! 店でかくまってくれる?」
私は真顔で頼み込む。
「組織~? 何それ? まりもテンパってる? やばくね? はははは」
黒服はちゃかすように笑う。
「もういい! 後で店に顔出すから予約だけしておいて!」
私はとりあえずその場から離れて
コマ劇場前の噴水で辺りの様子を伺った。
あらゆるサインから
敵に包囲されているのは明白だった。
携帯電話を取り出し実家に電話をかける。
電話には父が出た。
「お父さん! 大変なの! 敵が東京にまで来てるの!」
「まりも? 今どこにいるんだ?」
「歌舞伎町! お父さん!
歌舞伎町の警察ならきっと敵と内通していることはないと思うの!
私、これから交番に飛び込んで今までのすべてを打ち明けるわ!
じゃなきゃ、きっと今日こそ殺されちゃう! 勝負をかけるしかないのっ!」
「わかった! そうしなさい!」
父は力強く即答した。
「え? そうしなさいって…? 警察に飛び込んでもいいの?」
予想外の父の言葉が私を混乱させた。
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