らぶどろっぷ【元AV嬢の私小説】 -42ページ目

第308話 この世の果て

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覚醒剤を目の前にして

やろうか我慢するかをさんざん悩む。


だけど本当は最初からやる気なのだ。

やめられない。

キメても不安になるだけなのに。


これで最後にしよう。


明日からはやめよう。


このパケがなくなったらもう買いには行かない。


そう思いながら

私は覚醒剤を吸い続けた。


もう元へは戻れないという恐怖と絶望を頭の片隅に追いやるために

ライターに火をつけスピードを気化する。


そして

狂気の袋小路へと自分自身を追い込んでいく。


「今日は体調が悪いから寝るわ」


せっかく部屋に来てくれる浩一と理沙を追い帰して

自室に鍵をかけスピードを吸う日々だった。


『覚醒剤やめますか? それとも「人間」やめますか?』

深夜、テレビ画面から流れてくるあの広告が

私をムキにさせる。


「こんなの洗脳よ! 私はもう人間じゃないっていうの?!」

意地になって

またライターに火をつける。


手持ちの覚醒剤が底を尽いたとき

なんの躊躇もなく新大久保に向っている私がいた。



敵は自宅近くにも潜入をはじめたようだ。


私は

理沙と一緒にコンビニに行くたびに擦れ違う

様々な不審人物を指差しては

「ほら、あれは仙台人だよ」と教えながら歩いた。


理沙は「そうなんだ」と必ず信じてくれた。


鳥の声

自動車のクラクション

信号、音楽、看板

すれ違う人の服装

その全てが本来の意味を捨て

ものすごいスピードを襲い掛かってくる。


外に出ると気が張り詰めて疲れるから

ますます部屋に閉じこもるという悪循環に陥っていた。


何かを楽しむという感情は

随分昔に枯渇してしまったように思う。

スピードを続けることは

不安と恐怖と共存して生きていくことだった。



近頃耳鳴りが酷い。

キーンという金属音が一定感覚で繰り返し聞こえる。

最初は耳鳴りだという自覚があるのに

いつまでも続くその音に段々不信感を持つようになる。


ある時

これは敵からの電波攻撃なのだと悟り

部屋の全ての窓をガムテープで目張りした。


電波の発信源を探そうと

カーテンの隙間から外を見張っていて気がついた。


カラスの体内に

電波の発信機が埋め込まれているのだ。


それだけではない。

カラスの片眼はカメラのレンズになっているではないか。


電線の上からずっとこちらを偵察している。


ようやく証拠を掴んだ!


私は父の部屋に駆け込み

窓を開けてカラスを指差し声高に叫んだ。

「このカラスが敵の証拠よ! 私のことを観察しているの!」



その日

父が八代に電話をいれて

急遽診察の運びとなった。


私は八代に

電波やカラスのことは言わないことにした。


これだけ大掛かりな人間観察に

精神科医や臨床心理士が加わっていないはずがないと思ったからだ。


この出来たばかりの精神病院も

巨大なシンジケート直営のモルモット観察機関なのだと思った。


私のようなモルモットはきっと他にも大勢いるのだろう。


八代は今日も血液検査をするという。


血を抜かれれば

覚醒剤を使用していたことはどうせバレるから

自分から白状した。


「少し入院してみませんか?」


八代のその言葉に

私は恐れおののいて我を忘れた。


「おまえのためなんだよ」


父が八代に賛同したことで危機感が極まり

「冗談じゃない! 絶対にイヤよっ!」

と椅子から身を翻し診察室から逃げ出そうとした。


看護婦が男のスタッフを呼びつけ

すぐに飛んできた三人の大男に体を押さえつけられた。


「話が違うよ! 

入院なんて聞いてない!!!

ふざけんな! バカヤロー!!!」


私が大声で怒鳴ると八代は

「覚醒剤のせいで興奮状態ですね。 鎮静剤を使いますか?」

と父に尋ねた。


「…薬は何ですか?」と父が聞き返し

「セレナースでいいですか?」と八代が父に再度確認した。


暴れる私を見て

父は黙って頷づいた。


「セレナースを」

八代が看護婦に耳打ちしている。


「イヤよ!!! やめてーーー!!!

お父さん! お願い! やめさせて!!!」


私は泣き叫んだ。


「まりも落ち着きなさい。 

強制入院なんてイヤだろう?

おまえの意思で入院するんだ。 

強制入院と任意入院では全然意味が違うんだよ」


八代の元に注射器が運ばれてくる。


薬品の入った小瓶の中に注射針を差込み液体を吸い上げる。


「やめてっ! いやーーーー!!!」


容赦なく腕を押さえつけられ

注射針が刺された。


同時に

身体から力が抜けていく。


息切れしながら

涙がとめどなく頬を伝った。


「まりも、家にいても覚醒剤はやめられない。

覚醒剤を自力でやめることは本当に難しいことなんだよ。

意思の問題ではない。 脳が依存しているんだ。 病気なんだよ!

入院して物理的に覚醒剤を遮断するんだ! 少しの間でいいから」


「いやよ! こんなこと許されると思ってるの?

お父さんも、この病院も、みんなグルなんでしょ!!

どうしてこんなことをするの?

全てが明るみにでたら人権保護団体だって大騒ぎするはずよ!

わかったわ! 入院させて私の記憶を消すつもりなのね!?」


「まりも、どうしてなんだ……

どうしてお父さんのことまで信じられないんだ……

覚醒剤は本当に怖いね……

お父さんは身に染みてそれがわかったよ……

おまえをこんなに変えてしまうなんて!」


父は

ぼろぼろと涙を流しながら

噛み締めるようにそう言った。


父の涙が心を揺さぶる。

私は選択を迫られていた。


身内まで疑いながら生きていくことに何の意味があるだろう。


「お父さん泣かないで……

私…… 入院するよ……」


最後の最後で

父の涙を信じようと思った。


「そうか…… 毎日必ず来てあげるからな」

父は嗚咽しながら言った。


看護婦が八代に

そっと何かの紙を渡した。


「まりもさん、入院して一緒に治療していきましょう。

これは入院の同意書です。 

閉鎖病棟での入院になるので許可なく院外に出ることは出来ません。

自分の意思で退院することも出来ません」


「…もういいんです」


私は八代の説明を遮り

同意書にサインをした。


八代は入院病棟に内線で連絡をいれ

「それでは、行きましょう」と先頭を歩き始めた。


私は父のセーターを掴んで

少し後ろを泣きながら歩いた。


途中で父の顔を見上げると

父も声を押し殺して泣いていた。


外来とは別棟の4階

専用のエレベーターに乗せられ

二重に鍵のかけられたガラス張りの病棟に辿り着いた。


名実共に『人間』ではなくなった私の

この世の果てでの生活が始まろうとしていた。



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