らぶどろっぷ【元AV嬢の私小説】 -41ページ目

第309話 A4病棟

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――A4病棟――

そのプレートを見詰めて私は立ち竦んだ。


八代が備え付けのインタホーンで到着を伝えると

中から一人の看護婦が現れ

鉄格子をはめ込んだガラス扉が開かれた。


私は八代と父と共に

あちら側に足を踏み入れた。


『ガシャン』


後ろで電子ロックがかかる音が響き

背筋が凍りついた。


もう戻れないんだ…

これから何をされるんだろう…

私はいつここから出られるんだろう…

一生閉じ込められたままだったらどうしよう…


心細さと不安で胸がいっぱになった。



入ってすぐ左がナースステーション

病棟の中央は広いホールになっていて

六人用のテーブルと椅子が十対置かれている。


ここで食事を取るのだろうか。


病室は全部で八つ。

ホールを挟んで左右に分かれていた。


八代は

左側の通路を歩いていき

一番奥の病室に入った。


六人部屋で

窓際のベッドが一つだけ開いていた。


大きな窓があり

分厚い硝子が二重になっているけれど

鉄格子ははまっていない。


同室の患者さんは皆年配の女性で

五十代から七十代くらいに見える。


ベッドの脇に小さなテレビと

荷物が入れられる棚が備え付けられている。


鉄格子と電子ロックで開閉されるあの扉さえ除けば

一般病棟と変わるところは何もないように思えて少しほっとした。


「消灯時間は九時です。

テレビと電話はカード式になっています。

確か販売は火曜日と金曜日だったかな。とりあえず三枚渡しておきましょう。

売店に行けるのも週に二度だけなので、必要な物はそのときに買うようにしてください。

少し落ち着いたら心理テストや知能テストをやっていきましょう。

まぁいい時間つぶしになりますよ。 何か聞きたいことはありますか?」


八代は簡単に入院に関する説明をした。


「どのくらいで退院できるの? 

許可をもらえば外出も出来るんでしょう?」


私は院内の事には興味がなく

外に出られるのかどうかだけが気になって尋ねた。


「退院の時期は今は何とも言えません。

しばらくは外出許可も出すことは出来ませんけど

身内がお見舞いにいらした時だけは下の喫茶店までは行ってもいいですよ」


「わかりました…」

私は頭を垂れて頷いた。


「まりもよく決心したね。

今までおまえは目まぐるしいスピードで走り続けてきた。

長い人生なんだ。 少し休憩の時間があったっていいじゃないか」


そう言う父の目は赤く腫れていた。


「お母さんに入院の準備をしてきてもらうように連絡を入れてくるから。

それまで少しの間寝ていなさい。 お父さんは八代先生と話しをしてくるよ」


「…うん …わかった」


鎮静剤が効いているのか

私はそのまますぐに眠ってしまった。



「ちょっとダメだよっ!!!」


甲高い叫び声で目が覚めた。

時計を見ると一時間ほど眠っていたようだ。


どこかから

わんわんと喚き散らす声が聞こえてくる。


私はベッドから起き上がり

声がするほうに向かった。


二台の洗濯機がある場所で

腰の曲がったお婆さんが凄い剣幕で怒鳴っていた。


「こんな時間に洗濯機まわしてっ! ばかものっ!!!

あんた前にもやっただろうっ!!! なんでわかんないんだよっ!!!」


怒鳴られている方もお婆さんで

「あー、すいませんー あー、すいませんー」

と虚ろな目で何度も頭を下げていた。


遠巻きにそれを見ていた患者さんたちの視線が

だんだんと私に集まり始めた。


一人のお婆さんが声をかけてきた。


「お嬢さん、入院するの?」


「あ… はい」


「あー、そう。 どこが悪いの?」


「えっと……」

私は言葉に詰まった。


「ここに座ってお話しない?」

お婆さんはホールの椅子に腰掛けた。


「孫を思い出すねぇ。 おまんじゅう食べる?」


「あ、はい。 …ありがとう」


「おいくつなの?」


「23です」


「そう、私の孫はねー、いくつになったのかねぇ…」

お婆さんは遠くを見つめて物思いに耽っていた。


他のお婆さん達も

一度自分の病室に戻り

お茶菓子を持ってホールに戻ってくると

「どうぞ、お食べなさい」と一様に私に勧めた。


ホールには大きなテレビが置いてあり

それをぼんやり見ているお婆さんが数人いた。


話しかけてくるお婆さん達は皆温厚で

どこにでもいる優しい老人に思えた。


頭がおかしいようには全く見えず

どうしてこんなところにいるのか私にはさっぱり分からなかった。



しばらくお婆さん達の話し相手になっていると

看護婦がホールに出てきて

「薬の時間ですよー」と声を張りながら鐘を鳴らした。


病室から一斉に

コップを持った患者さんがぞろぞろと出てきて

看護婦の前に列を作り始めた。


話していたお婆さん達もその列に加わった。


看護婦が持っているトレイの上には小さな紙コップが並んでいて

一つ一つに名前のシールが貼られている。


先頭の患者が口を開けると

看護婦は手馴れた様子で口の中に薬を放り込む。


患者は持っていたコップの水で薬を流し込んだ後

看護婦に向かって大きく口を開け舌を出し上下に動かす。


看護婦が薬を飲み込んだことを確認し

「はい いいですよ」と言うと元いた病室に戻って行く。


従順な患者達に

毎日こうして投薬が繰り返されているのかと

私はぼんやりその様子を眺めていた。


患者のほとんどがお婆さんで若者は一人もいなかった。


最後の患者が病室に戻っていっても

トレイの上には紙コップが一つ残っていた。


「まりもさんにもお薬でてますよ」


看護婦は目の前までやってくると

紙コップを私の口元に押し付けた。


「やめてよ! 自分で飲めるってば…」

私は紙コップを奪った。


中には三種類の錠剤が入っていた。


「てか、これ何の薬なんですか?」


「そういうことは担当医に聞いてくださいね。 私達はわかりません」


「じゃあ八代先生を呼んでください」


「すぐに呼ぶことは出来ません。 

薬について聞きたいことがあるということを伝言しておきます」


「何の薬かもわかんないのに飲まないといけないんですか? 強制なの?」


「…飲まないと退院できませんよ」


その一言に私は腹を立てた。


「あんた随分偉そうだけど、どーいうつもり? 指図しないでくれる? 

私はここにいるお婆ちゃん達とはわけが違うのよ! 上から物を言うのはやめてよ!」


私が怒鳴りつけると

看護婦はかなり驚いた顔をした。


力関係の構築は最初が肝心だ。


丁度そのとき

父が母を連れて戻ってきた。


「どうしたんだ?」


「なんだかわかんない薬を飲めって強要されてんのよ! 

八代を呼べって言っても呼んでくれないしさ!」


父は紙コップの中を見て

「これは精神安定剤と睡眠導入剤と胃薬だろう」と言った。


「そうなんだ。 そうやって説明してくれればいいのに。

この看護婦、無能だからわかんないでやんの!」


看護婦を睨みつけると

口の端をヒクっと引きつらせていた。


「どうもすいません」

母が申し訳なさそうに頭を下げた。


「謝ることないよ!

薬の説明も出来ないようでよく看護婦が務まるよ!」


「まりも、看護婦さんには薬のことは分からなくて当然なんだよ」

父がフォローを入れた。


「それより、お父さん、ここって老人病棟なの?」


「八代先生に聞いたらそうみたいだ。

分裂症や重度の精神病患者の病棟だと

おまえが妄想を取り込んでしまうかもしれないって

一番影響の少ない病棟を選んだと言っていたよ」


「そうなんだ」


「私物を確認させてください。

危険物などがないか調べる規則になっているので」

母に向かって看護婦が言った。


母は持っていた三つの紙袋をテーブルの上に置き

中身を一つづつ出して看護婦と私に見せ始めた。


「これがパジャマね。 パジャマの変えは三種類。 下着はここに入ってるわ。

バスタオルとタオル。 それから洗面用具。 スリッパ。 コップとお箸、時計。

何か足りないものはある?」


「うーん… ドライヤーと化粧品」

私はとりあえず思いついた物を言った。


「ドライヤーは備え付けの物がありますし化粧品は持ち込めません」

看護婦が横から口を挟んだ。


私はまたムカっときた。


「なんで? 化粧したらいけないわけ? 理由は何よ?

それに私、ドライヤーはクルクルドライヤーじゃなきゃダメなんだけど!」


「そう言われても規則ですから」


「はぁ?! 規則って何? 学校じゃあるまいし。

ここじゃ患者には何の自由もないっていうの?!」


私は看護婦に刃向かった。


「まりも待ちなさい。 

すいませんけど八代先生を呼ぶことは出来ますか?」


困った父が看護婦に尋ねた。


「……確認してきます」

看護婦はしかたなくといったかんじでナースステーションに戻って行った。


「看護婦さんも最初からこれじゃ先が思いやられるだろうな」


父と母が顔を見合わせて苦笑した。


しばらくしてから

八代が病棟にやってきた。


「化粧品とドライヤーは持ち込めないんですか?」

私は直接八代に尋ねた。


「必要ありますか?」

八代は顔をしかめた。


「あるよ! あたしは寝る時意外はいつも化粧してんだから!」


「他の患者さんを刺激するようなことはちょっとねぇ…」


「刺激? 若い男がいるわけじゃないじゃないでしょ? 

私が化粧すると婆さん達を刺激するとでも思ってるの? マジ?」

私は首を傾げて八代の顔を覗き込んだ。


「いやー、お嬢さんは口がたちますねぇ」

八代は頭を掻いて笑った。


母が申し訳なさそうにまた頭を下げた。


「わかりました、特例として認めましょう。 看護婦には私の方から伝えておきますよ」

八代はそう言い残してナースステーションへ歩いていった。


「良かった! 八代先生、私がお父さんの娘だからって手緩いかんじね。

やっぱお父さんの方がこの世界じゃ偉いからビビってるのかな?」


「そういうことを言うんじゃない。 まったくおまえは」

父が私を諫めた。


ホールの電気が消えた。


「あ、もう消灯時間なんだ。 早いね…」


「今日はゆっくり寝なさい。

明日面会時間と同時にまた来るから。 まりも…大丈夫?」
母が涙ぐんで私の肩を抱いた。


「うん。 ドライヤーと化粧品忘れないでね。

あとこのスパッツ! 何これ! 

本物のキチガイみたいだよ! もっと可愛いやつ買ってきて」


私はカラフルな幾何学模様のスパッツを床にぶん投げた。


「そんなふうに言わないでよ。 急いで買ってきたから…」


母はそれを拾い上げながら悲しそうに言った。


「分かったわ。 明日違うのを用意してくる」


父と母は最後まで私を優しく力づけ

名残惜しそうに帰って行った。


消灯後の病棟は静まり返っていた。


私は病室にテレホンカードを取りに戻り

俊ちゃんに電話をかけるために公衆電話に向かった。


「まりも? なんでおまえ携帯でねーのや?」


何も知らない俊ちゃんの声を聞き

胸が詰まって言葉が出てこなかった。


私は今どんなに頑張っても俊ちゃんと逢うことは出来ない。

その現実に挫けてしまいそうだった。


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