第321話 ミーティング
「初出勤頑張れよ」
俊ちゃんに見送られて
私はミーティングに向かった。
国分町と交差する定禅寺通りのビル内
ワンフロア全体がその会社の事務所になっていた。
入り口にカフェがあり
女の子が自由にドリンクを飲めるようになっている。
右手はガラス張りのスペースになっていて
何百着ものスーツやドレスがかけられている。
まだ4時前なのに
大勢のホステスが出入りしていた。
その奥がかなり広い事務所になっていた。
7店舗の幹部が一人づつデスクを持っているのか
ずらっと無機質なデスクが連なっている。
みんな忙しそうに何らかの作業をしていて緊張感が漂ってくる。
「ここに座って待ってて。 今、ラトゥールの黒服つれてくるから」
面接してくれた店長が言った。
椅子に腰掛け、顔を上げると
正面の壁一面が大きなホワイトボードになっていた。
横一列に女の子の名前が並んでいる。
棒グラフは一日の指名本数を表しているようだ。
どの店舗にも指名本数が抜き出ている子が3人くらいいて
あとはどんぐりの背比べというかんじだった。
セラフィのNo1の子が13本で一番多く
ラトゥールのNo1は栄子という子で8本だった。
視線を移すと
一番奥のデスクに威圧感のある男が座っていた。
グレイのスーツに角刈りで
なんだか「仁義なき戦い」にでも出てきそうな人。
厳しい顔をしている。
しばらくすると店長が男を連れて戻ってきた。
「ラトゥールの担当の高梨」
「はじめまして」
紹介を受けて、私は一度立ち上がって挨拶をした。
高梨は随分若く見える。
事務所にいる黒服の中ではたぶん一番の年下だろう。
チンピラみたいな顔立ちをしているけれど愛想はよく
私に名刺を渡すとすぐにミーティングに入った。
「経験者だったよね? 水割り作りとかのノウハウはいらない?」
「はい。 基本的なことは身についてます」
「そうか、じゃ、うちの特色から話すね。
まず、そうだな。 基本的にお客さんに「来て」は言ったらいけないよ」
「えっ?」
私は思わず聞き返した。
「無理やり店に来てもらうようなことは禁止。
いわゆる色営業は禁止。 枕営業したらクビ。 客とは絶対に寝ないこと!
正当に営業してくれればそれでいい。 思いやりと誠意をもってね」
高梨はそう言ってにこにこと笑ったけれど
その笑顔は仮面の笑顔というかんじだった。
「へぇ~ なんか珍しいこと言うお店なんですね」
私は率直な感想を述べた。
いろいろな店で水商売の経験があったけれど
こんなことを言われたのは初めてだった。
高梨は「そう?」と愛想笑いをしながら早口で続けた。
「うちはね、女の子にプライドを持って働いてもらいたいんだ。
うちの店で働くということは仙台ではトップホステスだということ。
うちは一切、女の子に客引きやキャッチはさせない。
ヘアメイクもあるし制服も貸与だ。 靴もアクセサリーも必要な子には店の物を貸す。
12時過ぎまで働けば家の前まで送り届ける。 どんなに遠くから来ていてもだ。
もちろん時給だって他店には引けを取らない。 働く女の子への待遇は格別だと自負している。
だから女の子にもそれなりのものを求める。 決められたノルマはないけど努力するのは当然だ。
綺麗で教養のあるホステスになってもらいたい。 うちの女の子にはハズレがないという評判だ。
女の子の質が高ければ客もばんばん入る。 水商売は好循環であることが重要だ。
わかるよね?」
マニュアルか何かを読んでいるような話し方だった。
「なるほどぉ…
色営業なしってことは、みんなどういう風に指名を取ってるんですかね?」
「それはもちろん日々の努力だよ! きめ細かい気配り!
ダイレクトメール、お歳暮やお中元、誕生日にはプレゼントをあげたりだね。
客に電話をする時は『お願い』ではなく『お礼』 これが基本だ。
客だって女の子が自分に気持ちをかけてくれればそれに応えたいって思うものだからね」
そうだろうか。
男なんて単純だからもっとシンプルに考えるべきだ。
教養があって行儀のいいホステスと
胸を寄せ上げてうっふんとウィンクするホステス
男がどちらに惹かれるかなんて一目瞭然だと私は思う。
そもそもキャバクラに嫁を選びにくる男なんていないのだから
子悪魔な女に心を奪われてた方が楽しいに決まっている。
「う~~~ん、 言っていることはわかりますけど
随分理想主義というか… 現実的ではない気がしますけど?」
私が反論すると
高梨の仮面の笑顔が引き攣った。
「そんなことはない! うちの子達はみんなそうやって頑張ってるんだから!」
ピシャリと言われて
私は面食らってしまう。
昨日の面接の時から軽く違和感を感じていたけれど
この会社はまるで学校のようだと思った。
東京の店では
黒服はホステスをおだてて機嫌を取って働かせるのが普通だけど
ここではホステスよりも黒服の立場が完全に上で
権限を振りかざしているように思えた。
東京でこんなやり方をすれば
生意気なホステス達はすぐにやめてしまうだろうけれど
田舎のお嬢ちゃん達は言う事を聞くのかもしれない。
私も、その場は「はい、はい」と聞き流すことにした。
一通りの説明が終わると
メイクルームに連れて行かれた。
メイクルームは国分町の雑居ビルの中にあった。
「今日から入店のまりもちゃん、みんな仲良くしてあげてな!
栄子、おまえ面倒見てあげて」
高梨が言った。
栄子はメイクさんにホットカーラーを巻かれながら
鏡越しに微笑んだ。
この子がNo1か。
すっきりした顔立ちの美人でスタイルが良かった。
「まりもはレギュラーだから、ロッカーを一つ保有できるよ。
これが鍵。 貴重品だけは出勤時に店の方で預かるからそれ以外はここに入れて」
「わかりました」
「今日は週末で、制服はボディコンの日だね。 まず衣装を選ぼうか!」
色とりどりの華やかなボディコンを手に取って
高梨は選別をはじめた。
「そうだな、まりもは胸が大きいみたいだから、胸が強調されないのがいいね。
これなんてどう?」
高梨が選んだのは
エナメル素材でハイネックのレースクイーン形のボディコンだった。
私はそこでもかなり驚いた。
普通なら胸を売りにするような衣装を選ぶと思ったからだ。
「じゃあ、俺は事務所に戻るから
何かわからないことあったら栄子に聞いてね!
今日は同伴だったよね? 7時半までに店に入るようにね」
高梨はそう言って帰っていった。
「まりもちゃん同伴なの? じゃ先に髪の毛やっちゃうから座って」
そう言った中年の女性は
4人いるヘアメイクのチーフだと紹介された。
私が鏡の前に座ると
手際よく髪の毛をアップにしてホットカーラーを巻いた。
続々とメイク入りするホステス達は紙に自分の名前を書き込み
呼ばれた順に髪の毛のセットに入る。
流れ作業で効率よくホステスのヘアが仕上がっていく。
ざっとみたかんじ
確かに女の子の容姿のレベルは高いと感じた。
「まりもちゃんって杏奈の友達なんだって? 聞いてるよ~」
数人の女の子が声をかけてきた。
杏奈が気をきかせて
仲良かったホステスに電話を入れてくれたらしい。
私が挨拶をすると
みんな愛想良く応えてくれた。
チーフがホットカーラーをはずしていく。
勢いよく逆毛を立てて派手なアップスタイルが出来上がった。
「はい、いってらっしゃい!」
チーフが言った。
「ありがとうございました~ てか、着替えはどうすればいいんだろ。
まさかボディコン着て同伴の食事に行くってことはないですよね?」
私は疑問に思って尋ねた。
「あぁ、同伴は私服で行くんだよ。
客と一緒に7時半までに店に入って、女の子だけメイクに帰ってくるの。
その間はヘルプがついてるから、15分でボディコンに着替えて店に戻ればOK」
すっかり準備の整った栄子が教えてくれた。
「そうなんだ。 それは忙しそうだ~」
「私も同伴だし、客入れたら一緒にメイクまで戻ろうよ」
「あー。 そうしてくれると助かるな」
「じゃ、7時半に店でね!」
栄子は急いでいるのか
颯爽と階段を下りていった。
私も最終チェックで鏡を覗き込む。
大勢のホステスがひしめき合う中で
私は『誰にも負けない』と心のギアを入れる。
戦闘態勢に入ると
田中との待ち合わせ場所に向かった。
カモ第一号がマヌケ面で立っているのが見えた。
「田中さぁ~ん♪」
私は口の端を引き上げ、小走りしながら手を振った。
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