迷える未成仏な霊へ感謝するのは、おかしいと思う人が
居るようです。
6月3日の記事に書きましたが、霊界では、生きている人間
から、感謝の念を受けることが、最も評価されます。
自分自身が死んだと仮定して、死後に思い出して感謝して
くれる人がいますか? 親子間でも、怪しいものです。
それほど、死後に感謝される事は、尊く、徳の有る事です。
この感謝をあえてして上げるのです。
霊界や地獄に居る霊に取って、現実界に居る縁ある人か
ら感謝の念が届くと、今一番、霊が欲しい物に変化します。
痛みに苦しむ霊ならば、感謝を捧げられた時だけ痛みが
治まり、空腹ならば、感謝を受けた分量だけ好みのご馳走
に変化します。
この一時的な休息の間に、霊の反省・向上を促します。
激痛でのたうち回る霊には、何を諭しても無駄です。
飢餓感で苦しむ霊には、どんな説教や御経も効きません。
まず、感謝の念で、一息付いて頂き、既に肉体を無くしてい
る事を自覚して頂き、現世への執着を解いていきます。
これらが認識できるにつれて、苦痛や飢餓感から徐々に
開放されます。
先祖霊全体へ、感謝の念を捧げますと、上記のような困っている先祖ばかりでは有りません。既に安心して成仏している先祖霊へ感謝の念が届きますと、その先祖霊は、より強く成り、動ける自由度が増します。
現実界の供養してくれる子孫を守り、他の未成仏の先祖霊を助ける活動をしてくれます。
人間は先祖以外にも、縁がある霊が必ずいます。
自分が赤ん坊の時に世話になった人や、仕事関係・・・・
知らずにお世話に成っているものです。
そのような方々も、供養をしてくれる子孫が居なければ、生前の縁を頼って寄ることがあります。
その方々も、感謝の念で楽にしてあげると、必ず良い徳積になります。
困った時に、影で応援してくれます。
先祖霊と、その他の縁のある霊を感謝念で供養し、その上線香という食物・霊界の褒美を捧げることは、実践的な力を呼びます。
感謝の気持ちは、神界へも通じます。
神霊へ感謝しますと、神界へも最高の供物を捧げることに成ります。
神霊は、小銭を投げられても、悲しむ事はあっても喜ぶことは、ありません。
人は、小銭を投げ入れて、自己の願望を依頼、申し付けをします。
ある人は、生かされている原点への感謝だけを捧げて神界へ供物を届けるだけです。
さて、神霊が動くとすれば、どちらの人の為に動かれるでしょ
うか?
まあ、兎に角、 ”生かして頂いて ありがとうございます”
は、私が伊勢神宮外宮へ参拝して、授かった言葉です。
これが、これから全てのカギになるとの事でした。
言葉尻を取り上げて非難されても、別に構いません。
人知を超えたことですから。
今日も 生かして頂いて ありがとうございます
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