2年前の私、そして平凡先生の2年前 | 笑って過ごす日々

笑って過ごす日々

2010年7月。体にとんでもない異変が生じ、怖くなり病院へ。診断はガン。
でも何がなんでも克服しようと、気分を上げる努力を決意。
そんな私の、病院での出来事や笑う努力の日々を描く。

あんまり大した話ではないんだけどね…ww



東北の大震災からちょうど2年ですか……。

あれは私にとって本当に他人事ではないです。

私の住んでいる静岡県は南海ドラフ大地震、

つまり日本の大きい地震の中で1番と言ってもいいくらいデカイものが来ると言われている

東海地震がいつ来るかいつ来るかと言われています。

だって、想定M8クラスとか言ってるんだゼ?

阪神の大震災と、東北の大震災が合わさっているようなのが来るって言われてるんだゼ?

怖くて怖くてしょうがない!!ホントに他人事じゃない!

私の家は私が生まれた頃に建てた家らしいから、

そんな大地震が来たら一発で潰れるな~。

しかも一応海沿い地区に住んでいるから津波も一発だろうな~…。

海が見える程海から近くはないものの…あせる


ま、今からそんなこと考えてもしょうがないからやめますか(^^ゞ



2年前の私は、ギョーザ先生から出された処方箋を薬局に頼んで家に帰って来た直後でした。

いくらあんなにゆっくりで長い揺れでも、

まさか震源地が近い東北があんな大惨事になろうとは考えてもいなかった。

テレビの画面を見てるだけだったけど、それだけでもすごく胸が痛かったしつらかったです。


今日もテレビでそれについてやっていたのを見て、

まだ復興といえない状況である東北をテレビで見て、

本当に改めて考えさせられました。





笑って過ごす日々
2年前の今日、平凡先生は手術していたそうです(過去記事参照)




今日の診察の最後あたりに、また平凡先生に聞いたんです。

前、聞いた時とほとんど質問一緒だったけど(^^;ゞ


「先生、あの時東京にいたから

こっちより(揺れが)大きかったんでしょう?」


「あの時は東京にいたね。

確かに凄かったけど」


「病院大変だったでしょ?」


「まぁね…」


「帰る時とかも帰れなかったり大変だったんでしょう?」


「あぁ、凄かったからね~。

たくさんの人が帰れなくて…」


「先生も帰れなかったりしたんですか?」


「いや、私はそこの病院にいたから」


「じゃあ、朝まで病院にいたってことですか?」


「ううん、そこの病院に住むような感じな所があって

そこに住んでたから」


おお~!なるほど!

つまり病院の敷地内に

医者の遼とか(社宅ならぬ)医宅(笑)みたいなものが

あったのかなっ?


そうかぁ…、

じゃあ平凡先生は帰るのには困らなかったんだねぇ。

















追悼の意もこめて(?)

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去年はたまたま合唱の臨時練習で地震発生時間に合わせて黙祷したけど、

今日は通院で、病院でも直前に追悼の放送が流れたけど

地震時間にはサイレンもなく黙祷しそこねた…

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