意外とこれも衝撃的な発表 | 笑って過ごす日々

笑って過ごす日々

2010年7月。体にとんでもない異変が生じ、怖くなり病院へ。診断はガン。
でも何がなんでも克服しようと、気分を上げる努力を決意。
そんな私の、病院での出来事や笑う努力の日々を描く。

復活しました~!

「1年間の出来事」再開です~。


笑って過ごす日々

肺転移が告げられた時、実はその前にも、意外にも衝撃的なことがギョーザ先生から告げられました。


「私、移動が決まったから

4月にはこの病院にいないんだよね。

だからこれから、

だらだら先生とか、腫瘍内科の先生に

診てもらったほうがいいと思うんだけど…。」


「え………えええええぇぇぇぇ

ええええぇぇぇぇぇぇぇ………!?Σ(゚д゚;)」


「私も次の新しい先生に会わないし、

次が誰かもまだわからないし、受け継ぎもしないし、

だからまりもさんの経歴を知ってる先生に

診てもらったほうがいいと思うの」


「ええええ!?

っていうか、

先生、いなくなっちゃうんですかああぁぁぁぁ…!??∑(゚Д゚)」


この後、もっと衝撃的な肺転移を告げられたので、

この時はギョーザ先生の転勤の衝撃は「あ~、寂しいな~」の一言で終わったんですが、

気持ちが冷静になってきたら、思ったより衝撃的デシタ…しょぼん

だって…私とはホントに性格正反対で、

私も苦手になるだろうし、相手も私を嫌うだろうと思っていた

このギョーザ先生を好きになれましたし(相手も嫌ってはいなかったらしい…けど(笑))、

(だらだら先生もだけど)ギョーザ先生のおかげで、

どちらかというと良いイメージ持ってなかった医者に親近感沸いたし、

ハッキリ物を言う人だから傷つくことも言うかと思ったら、

そんなこともなく、逆に励ましてくれたり心配してくれたし…。

いつか別れる時が来るとは思ってたけど、こんなに早いとは思ってなかったし、

いざ“お別れ”なんて思ったら何だか本気で寂しくなってしまいましたねー…しょぼん

特にもうすぐお別れって時の3月は…(泣)(いや、泣きはしなかったけど(笑))


とりあえず、“ギョーザ先生転勤”が告げられた後、“肺転移”を告げられ、

あの騒動となり、腫瘍内科の先生の診療を受け、抗がん剤変更が決定し、

ふたたびギョーザ先生の診療。

それまでの間に、ギョーザ先生の言う通り、通院日をだらだら先生のとこに戻そうか、

腫瘍内科の先生のとこにしようか迷ってもいました。

でも元々、月曜にしたいと通院日を月曜にしたのに、

だらだら先生のとこに戻ったらまた曜日の都合がつかなくなるし、

腫瘍内科の先生のとこなら月曜にも診てもらえる…んですが、

なぜか私が受診すると、だらだら先生なみ(以上?)に待ち時間がかなり長い…(-"-;A

あと、確かに、腫瘍内科の先生も良い先生なんですよ!

とっても良い先生!…なんだけど、なぜだろうか…?

私は、腫瘍内科の先生に診てもらうんだったら外科の先生に診てもらいたいって思うんです(なぜだー!)

しかも、出来たら私としては女医さんに診てもらいたい…(汗)

(前、書いた通り男性医師には話しにくいなぁ…と感じることがあったりするかもしれないと思うと…)

で、ギョーザ先生に、曜日が一番重要で月曜のままがいいことと、

出来たら女の先生に診てもらいたいという主旨を言ったら、


「でもねー…

(外科は)女の先生って少ない!

あんまり女医っていないんだよー…。」


ハッキリ言われました…。だろーな。ハイ。


この時点では、まだ私は4月からの通院日を決めてませんでした。

でもこの次の通院日のうちに化学療法室で看護師さんに、

上記に書いたことを全て話してたので、

たぶんギョーザ先生の耳に入ってたんじゃないのかなー…。

これ以来、通院日を変えるかどうかの話をギョーザ先生とすることはなかったのでした(ははは…)


ちなみに私は、この日のうちにギョーザ先生本人からどこに移動するのか聞き出しました(笑)

今年8月に行くと言ってたのを先月思い出して、今は私の地元の市立病院にいることを確認したのでした~w