先日、知り合ったばかりの男と2人で食事に行った。
この男はのちに“ダナ男”と呼ばれる事になるんだが、今日はそんなどこの国の人間だかわからないような呼び名がついた経緯について話したいと思う。
私の歴代のドラマおもしろいランキング第一位は“あまちゃん”だ。
きっと後にも先にもランキングを変動させるようなドラマは現れないと思っている。
ダナ男と初めて食事に行った時にあまちゃんが好きだという事を話した。
全156話を既に2セット観たこと、ドラマに出てくる“まめぶ”が食べた過ぎて一時は精神がおかしくなりかけたこと、1人でロケ地巡りに行くことも考えたがこれに関しては楽しさを共有できる人がいた方がいいのではないかと思い止まっていること、主題歌はレコーディングをしてCDが発売出来るほど歌いこんでいることなど、私から出てくるあまちゃんの話題は尽きることがなかった。
私がひとしきりあまちゃんについて語るとダナ男はこう言った。
「俺もあまちゃんみたで!総集編でやけど!しかもこれ見て!去年、東北に友達とツーリングに行った時にロケ地行ってきてん!」
と言って、何枚かの写真を見せられた。
私は写真を見て驚愕した。
そこにはドラマで主人公がウニをとるために何度も潜っていた袖ケ浦の海、大事なシーンに頻繁に使われていた実在する駅舎、私が食べたい気持ちが募って精神をおかしくしかけたまめぶ、そして本物のあまさんの隣で満面の笑みを浮かべながらピースをするダナ男。
この男は私が叶えたい夢のひとつを既に実現させている。
そう思うと言葉が出なかった。言葉が出ない以前に浮かばなかった。
と同時に、あまちゃんというドラマが心底好きだと言っている自分に自信がなくなった。
総集編だけを観てロケ地巡りをしたこの男に比べて、私は全話を2セットも観終えてるのに何も行動にうつせていない。ただ画面に映る岩手の素晴らしい景色に思いを馳せる事しかしていなかった。
本当の事を言うとまめぶだけでも先に味わってみたいと思い、銀座にある岩手のアンテナショップに足を運ぼうとしたこともあった。
本場ではなく近場でインスタントのまめぶを食そうとしたのだ。
こんな自分が恥ずかしすぎてまめぶに全力で謝りたい。例えまめぶ側が私の謝罪を受け入れてくれなかったとしても精一杯誠意を見せて謝り続けたい。
LINEが既読にならなくても、電話に出てくれなくても、会いに行って居留守を使われても、私は自分のしようとした事が間違っていたと、そんな自分が恥ずかしくてたまらないのだとまめぶに伝えたい。
時が解決してくれるなんて甘い事は考えていない。何事も無かったかのように振る舞おうとも考えていない。
問題を解決する方法は私がまめぶに会いに行く事だとわかっている。岩手で待つまめぶに直接顔を合わせ思いを伝える事だとわかっていた。
ただそれには時間が欲しい。
今のままの私ではまめぶに会いに行く自信が無いのだ。
社会の荒波に揉まれて人間としての力強さを身に付けたい。恋をして好きな人と過ごす時間の大切さを知りたい。子供を産んで命を守る母としてのたくましさを備えたい。そして自分に自信が持てたと初めて感じる事の出来た時に、今の私なら胸を張ってまめぶに会いにいけると初めて実感できた時に思いを伝えに行きたい。
いつになるかわからないその日がやってくるまで私はまめぶを思い生きていくと誓った。
~fin~
これが「生きる~まめぶとの約束~」編です。
本編に戻ります。
ダナ男に何枚かの写真を見せられた私はジョッキに半分残っていたビールを飲み干した。
正直に言うとダナ男との時間は楽しかった。
初めての食事の席でこんなに気を使うことなく笑う事が出来たのはダナ男の人当たりの柔らかさ、多岐に渡る知識の深さ、そして関西人特有のノリの良さがあったからだと思う。
また、大学時代にバックパッカーとして東南アジアを一通り周ったことや1年間ロサンゼルスに留学していたこと、社会人になってからは急に思い立って休みを取りインドに1週間1人で旅行したりなど、旅行好きの私としては興味のそそられる話も会話が弾む理由になった。
その日は初めての2人での食事という事もあってダナ男も気合いが入っていたんだと思う。
私が「世界一好きな食べ物はウニ!」という話をしたら、私がトイレに席を立っている間に箱ウニを注文していて「全部食べてええで」と酒のせいで赤くなった頬を更に赤くしながら言っていた。
私は危うくウニにつられて逆プロポーズを決めるところだったという事をよく覚えている。
後日、会社の同僚にダナ男と食事に行った事を話した。
私があまちゃんが好きだという話をしたら、ダナ男は既にロケ地を巡ってきていたこと、箱ウニのせいで危うくプロポーズするところだったこと、順序立てて同僚に話すうちに私の中でひとつの疑問が浮かんだ。
待てよ。あまさんとツーショットを撮っていたダナ男の頭は何か布のようなもので覆われていたかもしれない。
記憶を辿ってもはっきりと思い出せるのはウニの美味しさとダナ男の小鼻の脇にあった白いニキビだけで、見せられた写真の中のダナ男の頭が布で覆われていたこととその布の正体を思い出す事が出来ない。
私は同僚に「ダナ男の頭が何か布で覆われていたかもしれない」と言った。
突拍子もなくおかしな発言をする私に同僚は「なにそれ。帽子ってこと?」と答えたが帽子ではない事はわかっていた。
キャップでもなければ麦わら帽子でもない。ヘルメットでもなければ馬のかぶりものでもカツラでもない。
「あ、バンダナだ」
悩んだ私の行きついた答えはこれしかなかった。
写真の中で楽しそうに笑うダナ男は頭にバンダナを巻いていたのだ。
満面の笑みと頭を覆うバンダナ。
そんなダナ男を思い出そうとするたびに、写真に写るダナ男の背景に広がるエメラルドグリーンの海が渦を巻いていくような気持ちになった。
バンダナだけではない。ダナ男の着る白いTシャツの裾は薄いブルーのジーンズの中にきっちりとしまわれて、それを逃してたまるかというように茶色の革のベルトが腰回りを締め付けていた気にもなってきた。
バンダナを頭に巻いて白いTシャツをジーンズにイン。そしてリュックを背負えばそう、完全なるオタクの出来上がりだ。
ダナ男のよく通る声、お腹を抱えて息もできない程に笑う私、水滴が滴り落ちるビールのジョッキ、舌鼓を打つほどの鮮度の良い魚のお造り、火が通るたびに少しずつ開いていく身が大きなホタテ。
楽しかった時間が走馬灯のように過ぎてゆく。
私は息も絶え絶えになりながらやっとの思いで声を出した。
「バンダナだ・・・バンダナだよ。バン・ダナ男だ」
これがダナ男が誕生した瞬間だった。
