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ハッピーエンド以外いらないの

赤い糸をたぐり寄せるおしごと

普段ほとんど着る事の無いワンピースに挑戦してみた。


少し細身のそのワンピースと試着室で格闘した結果、それは背の高い私にとてもよく似合った。
布に圧迫され、きつすぎて腕があまり曲がらない事も、背中のチャックをしめるのに5分程時間がかかる事も、購入していざ着て出掛けてしまえば何とかなると思った。


若干縄に締め付けられているかのように感じるワンピースを身にまとい、飲食が出来る保証は無かったが私は“パンツスタイルの私”という殻を破り新しい環境に飛び出す為、多少きつくは感じたものの、それでもそのワンピースを購入した。
そのワンピースは私を女の子らしく見せてくれ、ウキウキする気分にもさせてくれた。


帰り道、まるで新しい環境に飛び出す私を後押ししてくれるかのように太陽が輝いて見えた。
道端に咲く花は未知の世界へ飛び出す私を送り出してくれるかのように一列に並んで綺麗に花びらを広げ、木々にとまる鳥たちのさえずりは物語の始まりを告げるファンファーレにも聞こえた。




しかしそのワンピースは私を夢のような女の子の世界へ連れて行ってくれることはなかった。


ワンピースは非伸縮素材で私の二の腕を締め付け動きを制限し、椅子に座ると息が出来なくなる程私の腹部を締め付けた。
思った以上にワンピースは私の自由を奪ったのだ。

試着室では味わう事のなかったワンピースの強い締め付けに、私はタコ紐でくくられたハムになった気分だった。

なぜ日常生活の基本になるつり革をつかむような「腕を上げる」という動作や「しゃがむ」「座る」という動きを試着した時に行わなかったのだろう。
いつもそうだ。恋愛においても私は安易な考えで物事を進めて結果、失敗や後悔をする事がよくある。


ハンガーにかかる値札がついたままの新しいワンピースを見ながら私はひどく後悔した。

ワンピースからしてみれば自分を選んでくれた相手に一生を捧げるつもりでここまで来たはずなのに、その相手が自分を着ることによって「タコ紐にくくられたハムになった気分だ」とぬかすのだ。


私の何とかなるだろうという安易な考えと、余分についた脂肪のせいでワンピースを振り回し傷付けることになってしまった。

過ぎてしまった時間は取り戻す事が出来ない。
それならば今の私に出来る事は、このワンピースを着るべき人の所へ送り出してあげる事しかないと思った。



ワンピースと過ごす最後の夜、私は初めて出会った時の事を思い出した。

店頭に並ぶその姿を初めて見た時、まるで昔からの友達に再会したような懐かしい感覚になった事、レジでバーコードにスキャンされる時に見せた恥ずかしそうに俯く姿、私のバッグに収まった時のこれから冒険へ出かけるような誇らしげな姿。

2人で電車に揺られながら私たちの間には心地よい時間が流れていた。
窓の外にうつる流れゆく街並みを見つめる私たちに言葉なんて必要なかった。ただ隣に居るだけで通じ合えている気がした。




翌朝、部屋の窓から差し込む朝陽に照らされたワンピースは全てを悟ったような姿をしていた。
優しげな表情の中にどこか哀しさも感じさせる。そんなワンピースの姿を見て私は必死に涙をこらえた。



ワンピースと出会った日、私はこんな事を言った。

「ねぇ、信じた未来が訪れなくても過ごした時間は無駄じゃなかったって思えるかな?かけがえのないものだったってそう思えるかな?」


この時もワンピースはただ黙って、そこに居るだけだった。
今思えばこうなる事を全てわかっていたのかもしれない。
そう考えると、何も知らずに笑う私の隣で辛いを思いをさせてしまったと思った。


私たちに信じた未来は訪れなかった。
私が旧友との再会を楽しむその時も、愛する人にプロポーズされるその時も、初めて我が子を胸に抱きしめるその時も、私の喜びをワンピースは肌で感じる事が出来ないのだ。

私たちの人生は交わるべきではなかったのかもしれない。
出会わなければ別れる事も無かった。
別れはいつだって辛く悲しいものだと、私はまた身を以て感じた。




目の前にある『返品』という名の扉の向こうにどんな道が広がっているのかはわからない。

共に生きていきたいと思える相手に巡り会うまでには、ワンピースにも私にも長く険しい道が待っているかもしれない。

霞んでしか見えない未来に不安になるかもしれない。目指すべき場所が遥か彼方に思えるかもしれない。

しかし私たちはいつだってどんな時だって、信じることを諦めてはならないのだ。




「よし、行こう」
バックの中のワンピースにこう声をかけて、私は店の扉を開いた。