「歌と私」Vol.7 〜審査員が教えてくれたこと〜 | 真璃子のブログ
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真璃子です。


6つ目のオーディションは1次審査を通過し、2次審査へ。

ここでは、審査員から厳しい一言をいただきます。


さて、どんなオーディションだったのでしょう。

それでは、どうぞー。


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「歌と私」Vol.7

〜審査員が教えてくれたこと〜












1983年、秋に行われた予選会から季節は冬へ予選会で歌った中森明菜さんの「トワイライト~夕暮れ 便り~」年齢よりは、大人っぽい印象だったようでそれがいいのか悪いのか?



しかし、一次予選は通過したのだから良かったのかな?


・・・でも、よくわからない。


しかし迷ってはいられません。とにかく2次審査で歌う曲を考えていました。



私は82年にデビューした小泉今日子さんの大ファンで、シングルもアルバムも全部持っていました。「キョンキョン」の笑顔が大好きで元気を沢山もらった。



勿論、曲も好きだった。デビュー曲の「私の16 才」、2nd Single「素敵なラブリーボーイ」にワクワクした。そして、3rd Single「ひとり街角」


「これきり この恋 午後の日差しの向こうに消えちゃいそうで怖~い~ 揺れ~る 揺れ~る 揺れ~る 街角…」



学校の帰り道、高架下を歩きながら「キョンキョン」になった気分で、よく大きな声で歌ってたな。 周りに人がいないことを確かめてから歌うんだけど、夢中になると人の気配に気付かなかったりして、、、恥ずかしい思いをしたこともある。


大声で歌いながら歩いている私と遭遇した人は、変な子だな~と思ったでしょうね(笑)



いよいよ、2次審査が近づいてきた。 

私は、小泉今日子さんとタイプは違うけれどあの時の私は「キョンキョンの、あのワクワクするけど切ない感じを歌いたい」と、思ったんですよ。



予選会の選曲と同じく自分の中での候補曲は、2曲あって「ひとり街角」ともう一曲は、8311月にリリースされたばかりでベストテンにランクインしていた「艶姿ナミダ娘」



中学3年生の私は必死でした。


神様が突然現れて、オーディションに受かる曲をポーン!と教えてくれないかなと。



でも誰かをあてにしても、それは「私らしい」歌にはならない。今、自分が歌いたいと思う歌を選ぼう。・・・そう考えて、迷いに迷って心に決めた曲、、、「何故なの?涙が止まらないあなたを見ているだけ」このフレーズがたまらなく好きで「艶姿ナミダ娘」を歌うことにしました。



2次審査会場は、予選会と同じ福岡のKBC九州朝日放送の同じ部屋でした。不思議と、どんな服装だったか、オーディション前の心境は全く覚えていない。



ただ審査員からこんな一言をいただいた。



「今日子の歌い方の真似のし過ぎだなもっと自分の歌にした方がいいよ」



と言われたことを鮮明に覚えています。



「真似のし過ぎ」はその通りで、それまでの私は、キョンキョンの歌はキョンキョンに成り切って歌うことが一番正しい歌い方だと思っていて、真似をしてうたっていたのです。



「自分の歌にする」と言う言葉には衝撃を受けました。



あんなに迷って「私らしく」と選曲した筈の楽曲だったのに、楽曲が何であれ、自分のものに出来ていなかったのですから・・・正にプロの厳しさをはじめて体感した瞬間でした。


その審査員の方は、当時のビクターレコードのヒットメーカー、音楽プロデューサーの飯田久彦さんだったんです。こうして飯田さんの一言は、私に「気づき」をあたえてくれました。今でも感謝の思いでいます。



そして、いよいよ東京!

九段会館で行われた決戦大会へと進むことになります。 


今日もおつきあいいただき、ありがとうございました。


今日も明日も明後日も

いい日になりますように


感謝を込めて。

真璃子

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