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さりげない日常生活の中で、ふと、
心を止めたものにカメラを向けてみたら
高知県須崎市の富士が浜で
海辺の夕焼け空
うろこ雲
雲の中の光
波がよせる砂浜 幼い頃は毎日ここで遊んでいた私
須崎市多ノ郷の夕焼け
我が家の夏スミレ
たくさんの恵みに包まれていた。
神さまありがとう
iPhoneからの投稿
あなたの心は今、やわらかいですか? 暖かいですか?
猫のぷーさんです。
我が家の自転車置き場にうずくまり、去年の2月頃、ここで死なせてくれというかんじに何日もいすわりました。
耳が聞こえません、体は皮膚病だらけで、あちこちの傷が膿んでいます。でも、人に寄って来るのです。
飼われていて捨てられたのだと思います。獣医さんに聞いても年齢もわかりません。
時々、こういう恐い目をします。
どんな思いで、生き抜いてきたのかと思うと、
きたない、くさい、うるさいの三重苦があっても、可愛くなるのです。
甘えんぼで、食いしんぼで、さみしがりです。
私たちも、悲しいことや苦しいことが続くと、こんな目を無意識にしていないでしょうか?
すぐに、心をかたくしていないでしょうか?
和解の源泉 by ブラザーロジェ
わたしたちは、和解の心で葛藤するために必要な力を、
生きておられる神との個人的なコミュニオン,交わりから引き寄せます。
この内側のいのちの営みなくしては、決断したことを十分に行動に移すことはできません。
わたしたちの喜びは神の内にあり、神の内に自分の人生を十分に生き抜く希望があるのです。
神ご自身が、わたしたちのために最初の一歩を踏み出されたのではなかったのですか。
イエスをこの世にお送りになり、人間一人一人との真の出会いのために、神はご自身を差し出されました。
わたしたちの理解をはるかに超えて、神がとても近いお方になられたのです。

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私たちはどんなに許せないと言う苦しみの時も、
神さまのこれ以上無い私たちへの歩み寄り、許しを思うと、
少しは心をやわらかくできないでしょうか?
maria
もしあなたが、小さなお庭をもらったらどんなお庭を創りますか?
薔薇の花を植えますか?
�ハーブのお庭にしますか?
あなたの好みでイメージしてみて下さい。
次に、大きなお庭をもらったら、どんなお庭を創りたいですか?
日本庭園にしますか?
フランスの宮殿風庭園でしょうか
大きな木を植えますか?
私はナチュラルな感じが好きです。
ブランコ、花のアーチ、噴水、
小さな野菜畑を作ってみたり
ツリーハウスも楽しいですね。
木と木にネットを張って、はんもっくでゆらゆらお昼寝したり、
庭にテーブルとイスを置いて、友だちを招いたり
猫や犬たちが喜んで走りまわる庭
だんだんと心のガーデニングができましたね。
楽しくなってきます。
あなたもやってみて下さいね。
そのお庭には、誰がいますか?
自分一人の庭
家族の庭
友だちを招いたり
猫、犬、虫
小鳥たちは?
庭にいても良いですか?
近所の子どもたちも遊びに来るでしょうか?
そのお庭には、イエス様の居場所はありますか?
私たちの心のガーデニングが、
日々の生活の中で心の居場所として
現実化しているのではないでしょうか?
みなさんは、どのような心のガーデニングをされるのでしょうか?
ぜひ分かち合って下さいね。 松本マリア
私は、売布の御受難会の修道院に行こう。と思いました。
それは…
6月13日朝10時頃
病院から電話がありました。
父の心臓が止まったと。
私たち家族は間に合えませんでした。
父は1人で旅立ったのです。
あんなに家族にそばにいて欲しい父だったのに
…
私をまってくれていた父が居なくなりました
さみしくて、
時々、息がつまる
ようです。
もう私を待ってくれる人が
だれもいません。
6月の末に宝塚市、売布の御受難会に行って2泊しました。
親友のアコさんも、わたしを心配して
神奈川県から御受難会まで会いに来てくれました。
御受難会にいる間に
なんとか祈れました。
父はいつも、
私や家族にそばにいて欲しかったのです。
父のさみしさが、今良くわかります。
ずっと、そばにいて欲しかったのです。
御受難会から帰る日に、
私は朝のミサの後で気づきました。
父のさみしさは
イエスのさみしさ
そばにいて欲しいと呼びかける父
それはイエス
口から水が飲めなくなった父の渇き
それはイエスの渇き
父の愛
それは激しく渇き、
そばにいて欲しいと呼びかけるイエスの愛
イエスの激しく渇き求める愛の痛みが
父を失って、
やっとわかりました。
私は御受難会に行こうと思った時からずっと、
イエスに抱かれていました。
でも、
今私はどう生きたらよいのか、まだわかりません。
まだ心のリハビリ中です。
今の痛むほどのさみしさは
しかたないのです。
父が愛してくれたがらです。
ブラザーロジェの言葉
今日、愛の交わりであるキリストの体、
すなはちキリストの教会は、
余分なものを脱ぎ捨て、
もっとも大切なものを生きる時代に入ろうとしているのではありませんか。
今、
教会の真の姿が問われているのです。
人々が信仰から離れていく中にあって、
この問いはさらに重要です。
福音がもたらす祝祭の心は、単なる心地よさではありません。
それは躍動する心。
そこにはなんの強制もありません。
全てのことを静かに澄みきった喜びで生きるということ。
[信頼への旅…brotherロジェ著より]�ブラザーロジェの言葉

傷つけられた体験をいつまでも振り返ること
失敗にこだわり続けること
それらは、魂の最も小さな部分までをも麻痺させるのです。
新しい始まりの中で、
聖霊は奇跡を行います。
私たちを自由にし
過去を消し去り
愛することへと導くのです。
by 信頼への旅 ブラザーロジェ
共同体の中で、
日々の単純素朴な祈りと歌や、分かち合いによって、
神さまの愛の光に照らされたら
そのひかりや喜びをまわりの人々にも届けたくなるでしょう。
それから…
みんなの居場所もつくりたいのです。
一人暮らしの老人も、
誰もいない家に帰る子どもたちも、
話し相手の無い人も、
そこにくれば暖かく歓迎してくれる場所。
宗教の押しつけのためではなく、
愛による奉仕の実践のために
基本であり、土台となるのは
マザーテレサの言葉にあるように
沈黙の実りは祈り
祈りの実りは信仰
信仰の実りは愛
愛の実りは奉仕
です。
私の住む高知県には
たくさんの宗派の異なる教会、お寺、神社などがあります。
私も高知市内のカトリック教会に通っていますが、
家から一時間の距離があります。
最近(1月~6月)は入院中の父の世話のためずっとお休みしています。
今は何もできていないので、とてももどかしいのですが、
今日1日、父が無事でいられることを感謝したいと思います。
いつか、神様の恵みの時が来たら、
まずフランスのテゼ共同体を訪問したいのです。
そして、いつか、日本にもテゼ共同体のような
全ての違いを取りはらい、
神さまを信じる人ならだれでも共に、
単純素朴な歌と
祈りと分かち合いに参加できる場所ができたらと
願っています。
私一人ではとても小さな可能性ですが、
私を力強くリードしてくださったり、
足りない多くの点をサポートして下さる 仲間が欲しいと願っています。
お友達になって下さる方をお待ちしています。
松本マリア
�自己実現とは何か。
誤りを恐れて、
選択することをためらっているのですか。
戸惑いを覆い隠すために自分の暗闇を呼び出そうとすることをやめるのです。
なんと幸いなことか、
自らの手を払いのけ、
信じることの信頼だけに支えられて勇気を出し、
前へ進む者は。
自己実現とは何か。
自分の心のもっとも深いところにいるあなたになってゆくこと。
そして、
子どもの心の門が開き放たれます。
愛の驚き。
うれしさの泉があなたの内に湧き上がります。
それは、単なる心地良さでもなく、
あるいはたくさんある喜びの中の一つでもありません。
それは、永遠の源泉からまっすぐ訪れる歓喜。
《テゼの源泉…brotherロジェ》より


















