1950年7月2日、金閣寺焼失

放火犯人は寺の青年僧

 

 

《わたし》は、寺の住職である父から金閣寺の美しさを聞き憧れていた。中学生の時、父から金閣寺の住職を紹介され、初めて見た金閣寺。なのに何の感動も起らなかった。

古い黒ずんだ小っぽけな三階建にすぎなかった。美というものは、こんなに美しくないものだろうか。

昭和19年、父が亡くなり遺言どおり金閣寺の徒弟となり、金閣のそばに住むようになる。同級生で裕福な家の鶴川少年と知り合い、吃音の《わたし》をからかおうとしない鶴川の優しさを知ります。

 

金閣寺の住職になってほしいと願う母の期待が疎ましい《わたし》は、空襲の火に焼かれ灰となる金閣寺の悲劇的な美しさを夢見るが

京都に空襲は金輪際あらへん。

やがて、終戦。

大学に進学し、狡くて卑怯な柏木と親しくなる。鶴川が善なら柏木は悪。

 

出掛け先で芸妓を連れた老師を見かけ、とっさに避けるが再び女連れの老師と出会い「わしを尾ける気か」と激しく叱責される。が、寺では無視され《わたし》は耐えきれず寺を飛び出してしまいます。

金閣を焼かなければならぬ。

雨夜の闇の金閣

《わたし》はマッチを擦って火をつけると焔がのぼった‥

 

 

三島由紀夫の『金閣寺』

金ぴかキラキラの装丁に目を奪われ借りてしまいました。

 

遠い昔に読んだ気がしますが、金閣寺に放火する男の話くらいの記憶。たぶん、ブランド本を読んだだけで満足してしまったかもしれません。

 

主人公が吃音とか、悪友が内飜足とか、住職・老師から冷遇されたことも放火のきっかけというあたりは覚えていなくて‥

 

《わたし》の独白なので、事件を客観的に裁くのではなく、純粋だけど独りよがりで短絡的な《わたし》の考えが披露されます。金閣寺の美を支配したい、共に燃え尽きたいなんて危ない人でしかないですよね。へんな男たちだけでなく、女たちも狡くて意地が悪くて救いがないというか。

 

金閣寺の美しさと美しい女たちの醜さを、対比させようとしているのでしょうか。

 

緻密な人物描写、深みのある流れるような文章は時を経ても輝き続けています。