五十年前の幼友達が同じ長屋で暮らすことに⁉
何が悲しくて婆三人でつるまなければならぬのか‥‥。
名主の書役として暮らすお麓の閑居へ、能天気なお菅と、派手好きなお修が転がり込んできた。お麓は歌を詠みながら安穏の余生を送ろうとしていたのだが。
ある日、お菅が空地で倒れた女と声が出せない少女を見つけてきた。厄介事である。お麓にとって悪夢のような日々が始まった。
人生とは、波のように次から次へと押し寄せる、しがらみの連続だ。
お麓は半ば呪いたい思いで、つくづくとため息をついた。
波乱を予想させ期待が高まり、わくわくしながら読み進みました。
主人公は、未婚ひとり暮らしの沈着冷静なお麓(ろく)61歳
息子二人の嫁と対立し行き場所のない人情深いお菅(すげ)60歳
玉の輿の後妻で先妻の娘夫婦と折り合い悪い贅沢好きなお修(しゅう)59歳
個性的な三人の出会いは、五十三年前の手習所でした。
ある日、お菅が、長屋の裏の空き地で倒れている若い母親と8~9歳の娘を見つけ、介抱しようとします。しかし、お麓は、行きずりの女が倒れようが死のうが知ったこっちゃないと突き放す。すったもんだして、母娘は長屋に運び込まれたものの、母親は高熱で亡くなり、残された娘は声が出ないため事情を聞き出せない。訳ありな母娘に戸惑う婆三人。
妙な縁を拾わぬよう面倒を抱えぬよう努めてきた。それがお麓の人生だ。
自他ともに認めるしっかり者のお麓。困っている人をほっておけないお菅と、情を絡ませないお麓とで意見対立するものの、お麓が渋々譲歩し娘の身元がわかるまで、長屋で世話することに落ち着く。
厄介者同士、仲良くやるさ。お麓がいつもの皮肉口調で返す。
お麓は、自分にはお菅のような温かい情の深さが、欠けてることに気付いています。
婆三人と身元不明の娘が長屋で暮らすことになり、婆達の現状と来し方行く末、娘の素性が少しづつ明かされていきます。
女同士の会話において、内容や意味なぞ添え物の過ぎない。感情のやりとりこそが、醍醐味なのだ。
感情を押さえていると腐り出すから、女たちはおしゃべりでまめに発散させる。話相手の選び方を間違えると、修羅場になりかねないけど、幼馴染なら安心安全な仲間。
江戸時代のシニア向けシェアハウスのような長屋のかしましさ。そこに住む婆たちの抜群なコミュ力と連帯感。理屈だけではだめ、相手を思う気持ちが大切。年を取るのも悪いことばかりじゃない、前向きな気持ちになれる時代小説でしょうか。
