「私」は、幼い頃から怒っていた。
怒っていたというより、「さみしさ」が「怒り」に変化したのだ。
その「さみしさ」というものは、私が特別に感じたという「さみしさ」ではない。
誰しも一度は感じたことのある「さみしさ」だ。
私にとって、それは必要だった。
その「さみしさ」にじっと耐えていた「私」は、わかって欲しくて怒った。
相手に怒ったのではない。
自らを怒った。
わかって欲しいのに、その想いをアウトプットせずに、インプットした。
気持ちを胸に仕舞い込んだ。
でも、「怒り」というものは、私に力をくれた。
少し悲しいけれど、力となった。
生きる力になった。
カラダが寒い日は、炎が欲しくなるものだ。
