物質だけではない。
目に見えないものの存在がある。
人間が知らないことがいっぱいある。
視えないものがいっぱいある。
視えないと思っているから、聴こえないと思っているから。
「そんなはずはない」
「気のせいだ」
などと言って、大事なことを消し去ってしまう。
愛猫が亡くなって気分は沈んでいた。
でも、彼らの存在を時々感じ、声をかけていた。
挨拶をしていた。
ベッドで横になっていると、何かが近づいて来る気配があった。
それは愛猫がいつもそばに来るときの感覚。
それは言葉では説明できないもの。
朝、支度中に私の足もとを小さいものが走り去った。
すぐさま、あの子だ!って直感した。
いつも帰宅すると玄関先まで出迎えてくれた。
私が玄関先に立つ、ずっと前からわかっているように。
それを気のせいだと片付けてしまうのは何か違う。
自分が感じたものは受け入れよう。
愛猫はしばらくいた。
肉体はなかったが想いは存在した。
