母の母、私のおばあちゃんはある日突然脳出血で倒れた。
ずっと田舎暮らしで、背中は丸まってるけどおじいちゃんと二人で畑仕事しながら生活していたおばあちゃん。
亡くなるまでの4年間、ずっと病院のベッドの上で寝たきりだった。
去年、母の弟、私の叔父さんも突然脳出血で倒れて、今はリハビリ中。
そして先月、母も同じく脳出血で倒れた。
母の家系脳出血率高すぎだろ。
思考の学校に入る前から病気とメンタルの関係について興味あったから、何かあった時、健康状態に心の持ちようがどう関わってたのか検証するのが好きなのよね。
叔父さんに関しては、大人になってからあまり接点ないのでわからないけど、
おばあちゃんと母に関してはなんで倒れたのか私なりに理解していた。
それは
「もうこれ以上頑張りたくない」
って本音。
本当はもっと休みたかったはず。
本当はもっと自由にお出かけしてのんびり余生を謳歌したかったはず。
でもおばあちゃんも母も一緒に暮らす夫のために毎日家事に追われて忙しくしていた。
おばあちゃんのことが大好きだった私は、いつも畑と家事で動き回っているおばあちゃんと一緒にいたくて後ろをついて回ってた。
おばあちゃんいつ暇になるんだろう、って思いながら。
それは子供心の私の印象だけど、大人になって主婦と子育てを経験してみると、おばあちゃんの忙しさ半端無いだろって思う。
ってか母とか叔父さんが子供の頃は昔はもっと忙しかったんじゃないか。
だっておじいちゃん家のこと何も手伝わなかっただろうし。
おばあちゃんの夫、私のおじいちゃんはおばあちゃんと真逆!
すごく威圧的で厳しくて非常に近寄り難い存在だった。
田舎に泊まりにいくたびに、
「おばあちゃんだけならいいのになー」
って思ってたよ。
そんなおじいちゃんと一緒にいるおばあちゃん、かわいそうって思ってた。
昔の人はそれが一般的だったのかもしれないけど、
おばあちゃんが畑仕事して家事もしてるのに、それでもおじいちゃんに罵声を浴びせられるのが本当嫌だったわ。
私もおじいちゃんのことすんごく怖がってたから何も言えなかったけど、
今思い返すと、おばあちゃんを守ってあげたかったって想いが溢れる。
おばあちゃん、絶対に疲れてたはず。
でも休めない。
だっておじいちゃんにうるさく言われちゃうし、他に家事してくれる人いないし。
もっと休みたくても、横になっていたくてもやらなきゃしょうがない。
倒れるしかないじゃん。
非難されず、面倒見てもらえる方法ほかにある?
おばあちゃんの潜在意識の願いだったんじゃないかって思ってる。
「もう疲れた。何もしなくてもいい方法はないか、あるのなら私はそれを選択する。」
今世終わる前に、ゆっくりするということを体験したかった。
何も頑張らなくても誰かに面倒見てもらうってこと体験したかった。
ずっと寝てても怒られないってこと体験したかった。
それを十分体験した後、おばあちゃんは天国に行く決意ができたんじゃないか。
あの時はただただ悲しかったけど、大人になった私はそう理解した。
そして母が倒れた時も同じように思った。
ババ相当疲れてたんだね。
責任感が強い母は、理由もなくだらだらのんびりするってことできない。
お日様出てたらお布団干さないとだし
窓開けたら埃入ってくるからちゃんと綺麗にしないといけない
毎日ちゃんとご飯を作って
掃除して堅実にやりくりする。
私たちが海外旅行った時、お金浪費してるって感じで激怒してたらしい(父情報)
子供たち連れて実家に遊びに行っても、何かすごく忙しく動いてるのよね。
もういいよ、十分だよ、って言ってもまた料理したり片付けたり。
見てるこっちが疲れちゃう。
こんな感じで毎日やってるの?
それが喜びならいいけど、母からは責任感オーラしか感じ取れなかったから
「もうやめたらいいじゃない」って思ってた。
父のこと、何もやってくれないって嘆いてたけど、させたくなかったんだよね。
手伝うことないからってソファでゆっくり酒飲んでテレビ見てる父に母はイライラしてた。
毎回そのパターンだったから母に言ったの。
「それお母さんがやりたいことでしょ、自分がやってないからお父さんがやってるの見て腹たつんだよ。お父さんがソファ座る前に、お母さんが陣取ってビールでも一杯飲んでグデーっとしてなよ、それ一回やってみなよ」
やらなかったんだろうね。
だから母が倒れた時、限界だったんだよ。
それ以外の方法なかったのかな。
寝たきりになること以外、休む方法なかったのかな。
責任感や思い込みやら自分で抱え込んでる信念って本当怖い。
「やらされてる感」でやってること、あればあるほど疲労感半端ない。
いくら忙しかったって
いくら仕事量あったって
それに喜び感じてたら
それが自分のやりたいことと一致してたら
満たされるはず。
こうはなるまい。
この連鎖打ち切りたい。
私はおばあちゃんと母のこと客観的に見れるけど、自分のことはどうか。
私だって強制終了のボタン押しちゃう可能性あるんだから、
おばあちゃんと母が教えてくれたこと、無駄にしないでちゃんと受け入れて自分と向き合うんだ。