思考の学校的にみると、前回の分析とは違ったアプローチになる。
なんてったって自分の思考が現実化してるって考えたただから。
母の脳出血も「私のどんな思考が現実になったんだろう」って角度から見てみる。
は?
って感じですよね。
特に私は母の性格や生活スタイルから編み出した自分流の理由に納得しちゃってたから
私の思考と母の脳出血を紐つけるなんてマジか〜って思いましたよ。
でもやるしかない。
なのでやってみました。
過去のQ&Aとか読みあさりました。
どんなアプローチから始めたら良いかわからなかったから。
侑嬉校長が何度もおっしゃってた
「それを聞いた時、まずなんて思ったか」
それが大事と。
私の場合、紛れもなく「怒り」でした。
「何やってんの?」
「まじやめて」
「なんでこんなことする?!」
半ばキレてました。
だからのんびりしろって言ってんのにー。
はい、その怒りを読み解くと
「私の面倒見るはずの母親が倒れてどーすんのよ」
「私に大変な思いさせないでよ」
「父の面倒見るのを私に課さないでよ」
ってこと、つまりは私のいつまでも母に甘ったれでいたいという気持ちの表れです。
この段階で既に目から鱗。
だってまだ甘えてたなんて気づかなかったし。
特に末っ子の私は怒りん坊でなんでも「やってほしい」って気持ちが本当はずっとあったってことも知れてよかった。
母の性格が脳出血を引き起こしたと思いきや、
私の依存的な甘え心が母の負担になっていたとは。
その上、私が思う『母が私にとる態度』
「すぐ否定する」
「話に乗ってくれないから面白くない」
「私のやること絶対認めてくれない」
などなどは
全部私が母にやってたことだと気づいてしまいました。
私は母のやってること「やらなくていいじゃん、そんなこと」って否定し
母の話を「またつまらないこと言ってる」って軽くあしらい
母が取り組んでることに対して「おぉー頑張ってすね、さすが」なんて受け入れたことないかも。
それがそっくりそのまま私の現実に返ってきただけの話。
だから心から謝りました。
母に親身になってあげなかったこと。
もっと寄り添ってあげなかったこと。
色々軽くあしらってしまったこと。
本当はいつもたくさんの愛で見守ってくれたのに(この時点でウルウル涙)
私は独りよがりで母の愛をバンバン跳ね除けていたことに気づきました。
ここまで感じられると、本当に「ありがとう」って気持ちでいっぱいになる。
入院中だけど、まだ生きてる母に直接「ありがとう」って言えることが嬉しかった。
「今まで一杯動いたんだから、ゆっくり休んでいいんだよ」
「何も心配しなくて大丈夫だよ」
母の体にも頭にも今までたくさん頑張ってくれて「ありがとう」って伝えた。
その頃は母はICUから一般病棟に移ったけど、まだ意識戻らず、目も開かない状態だった。
それから週を追うごとに少しずつ回復して、目が開いて、こちらの問いかけに頷いてくれて、そして言葉を発するようになった。
今では全ての管が取れて、口からの食事ができるようになり、会話ができて、食べたいもの飲みたいものを要求するまでに回復してくれた。
これからリハビリ施設に転院する予定だから、筋力の回復はもっともっと時間かかることだけど、母の意識の回復は私たち家族にとって本当に喜ばしくてそれだけで万々歳なくらい嬉しいことだった。
母の回復が私の思考の見直しとどれくらい関係してるかわからないけど、私は自分の思考見直せて本当に良かった。
母に対する感情は愛でいっぱいになったし、
母の口から出る言葉も「迷惑かけてすいません」から「ありがとう」に変わった。
すいませんって懺悔の言葉よりも
ありがとうって感謝の言葉を聞きたかったから
自分の発する言葉一番よく聞いてるのは自分だからね。
だから母が「ありがとう」って言ってくれた時、本当に嬉しかったな。