コムデギャルソンの特集をペンでやっているようだ。
書店で手に取ってみようと思っているが、買うかどうかはわからない。
「コムデギャルソン」「comme des garcon」の文字を見ると、非常に複雑な感情が湧きあがる。身体が反応する。
私の20代は、コムデギャルソン一色といっていい。
思い返すのは辛い作業だ。
破産寸前までいった。社会から脱落するところぎりぎりまでいった。原因の一部は、コムデギャルソンにある。
狂うというのはこういうことか、今思う。
以下は、知らない人は読んでもわからないと思うので、読み飛ばしてほしい。
最初は、デパートに入っていたオムだ。店員の黒のウールギャバジンのスーツの着こなしに目が眩んだ。
小柄で、いつも黒のスーツのあの店長は今何をしているのか。氏の着こなしに若い私は惚れ惚れした。
パンツの丈が異常に短く、時にはカラフルに、時にダークカラーのソックスを覗かせ、ぼってりとした黒の皮靴かスニーカーという装いだった。
春夏秋冬、あらゆるものを揃えた。スーツ、ジャケット、Tシャツ、ブラウス(襟のついたシャツをブラウスというのは違和感がずっとある。あれはシャツでいいだろう)、コート、靴、レザースニーカー、ネクタイ、ベルト。要は、何でも買った。
やがてプリュスも買いだした。
出会いは、脱色のコレクションだった。思えば、私の知るベストワンのコレクションだ。出会ったとき既にシーズン終わりに近く、人が着ていたり、雑誌で見たものは買えなかった。ジャン・レノがなんかの雑誌で来ていたが、今は大して見たいとは思わない。
縮絨のコレクション時は、歓喜した。
空港整備場で行われたコレクションにも行った。
その時、店員に聞いて、自分がいくつかある顧客リストの上得意にあたるA顧客であることを知った。
自分の理想とする服のすべてがあると錯覚した。「永遠に俺はこの服を着続けるんだ」と思い、袖が2倍くらい長い、怪物クンのようなジャケットを含め、上着を4着位買った。黒のウールギャバの裾が切りっぱなしのコートも。もちろん、ボンタンのように太いパンツも、シャークソールの靴も3足買った。シャークソールでアッパーがスエードのものや、プレーントゥー、ローファーものがあった。
以降、縮絨のものがオムでも見かけたるようになったところをみると、人気のコレクションだったのだろう。
思い出せば、ずいぶん出てくるものだ。
この時は、最も金を使った。
プリュスのコレクションは、毎回心が躍った。デパートのエレベータを足早に売り場に急いだ日々は何年続いたのか。プリュスを済ますとオムへ。
恐ろしいことに、思い出せば、忘れていたあれこれの購入品が、脳裏に蘇ってくる。その数は、何百にもなるというのに。
ブランドがいろいろと派生するのがコムデギャルソンだが、そのつど、手を出した。オムオムとかオムスペシャルというのもあった気がする。
付き合っていた彼女とレディースを見たこともあるが、レディースもいくつもブランドがあった。
あるとき、私は地元で、知った顔に遭遇して、肝を冷やした。
ギャルソンの買い物時代から10年以上たち、イタリア、イギリス、アメリカの紳士服を私は身につけるようになり、子供の父となり、住宅ローンを支払う身になっていた。
近所を歩いていて、プリュスの店長をしていた男に出会った。互いに忘れてはいなかった。氏は、ギャルソンを退職後、別ブランドに行き、今はまた何かの別の仕事をしているとのことで、驚くべきことに、自宅は目の前、子供は同じ小学校だった。以来、時々顔を合わせる。
コムデギャルソンとは、なんだったんだろう。今は、私にとって、過去の服ではある。
あれだけあった服はみんな売るか、捨てるか、あげるかして、手元に無い。
あるのは、古着屋で買った、白い、ベルトレスのパンツと、コムデギャルソンシャツのカットソーが一枚、それから黒のウールのタートルニットだけだ。
流行=ファッションの服であり、その中で輝くコムデギャルソンは、一過性の服でしかない。しかし、その時代で、一際光る、何かがあった。
服に踊らされたのは、時代の服に、普遍を求めた私のせいであり、コムデギャルソンのせいではない。
ほかのブランドにはない何かが、コムデギャルソンにあるのは確かだが、それが何かはいまだによくわからない。ヨウジ・ヤマモトにもやはり光る何かがあった。
先日の1月25日、ブルックスブラザースのアウトレットで、やはり黒のウールギャバでブルックスブラザースのⅠ型ジャケットをベースにしたジュンヤ・ワタナベのジャケットが売られていた。トム・ブラウンのものもあった。買いはしないが、つい見てしまう。
電車で、それらしき服装の男子を見ると、少し、気になる。
私のような40年配の男で、ギャルソンを着ている姿は見ることがなくなった。
とにかくギャルソンを想う私は複雑だ。
今、私は、丈夫で、着れば着るほど風合いが増し、修理すれば百年使えるような日、英、米、伊の服を着ている。老舗のトラッドメーカー、アウトドアブランド、ファクトリーのものを集めた。ハンティング系、アウトドア系の古着にも目がない。
一瞬だけ輝くような前衛の服はそれでいい。が、今の私には魅力はなくなってしまった。ジュンヤ・ワタナベがいろいろ「本物」メーカーとやっているが、やはりそれも魅力を感じなくなってしまった。
なんでだろうと、思う。
ひとつには、やはり、モードは、日常の服ではないからだろう。
非日常性の服は、非日常でしか輝かない。私にとっての非日常とは、薄っぺらの財布を握り締めて眩しく光るディスプレーされた服が並ぶ店頭だけだった。そこに買ったばかりの服を身につけて出かけることのみが、自分を輝かせる唯一の時だった。
店頭にいる店員が眩しく見えたのは、非日常の舞台だからだ。
一度、駅のホームで、最初に出会ったオムのカッコいい店長が、黒ギャバジャケットに赤いパンツで階段を駆け下りているのを見かけたが、店頭ほどはカッコよくはなかった。
モードの部類のもので、私が愛用しているのは、マルジェラのライダースジャケットだけとなった。