今日、9月1日は、私の6○回目の誕生日でした。
いつの間にかはやり出して、今はもうすたれている??言い方をすれば

ア ラ セ ヴ?爆  笑 そう、巷では、前期高齢者というらしいですね。

 

いつのまにやら、予想外に長く生きてます。

10歳のころから

 

自分は、小さな庵(いおり)に一人で住んで、50歳で死んでいくんだ・・・

って思ってました。
庵って言葉を知ったらすぐにそう思うに至ったんですが、
その背景には、なんと1330年に鎌倉の庵で一人ぽっちで、

ろくに食べもせず、静かに死んで行った過去生があるらしい、

とは50代にして、スピリットガイドのメッセージで知りました・・・

 

さて、それを10数年過ぎた今日。

 

 

 

昨年9月末に父、今年2月初めに母を亡くして、初めて親のいない誕生日となりました。
この齢になるまで、い続けて見守ってくれた両親には感謝でいっぱいです。  

         去年(2020年)の誕生日は、悲しい気持ちで過ごしていました。
              その3日前に、父の見舞いを終えて、(きっともう会えない)、

と悲しい気持ちを抱きながら、NZに戻るために成田空港にいました。

搭乗手続きのアナウンスが入ってすぐ、携帯が鳴りました。

母が少し前から食べなくなったので、覚悟が必要そうだ、

という弟からの電話でした・・・泣きました。
二人とも、もうじき相次いでいなくなっちゃうのか・・・

オークランドについてすぐに、隔離施設となったホテルで

2週間の缶詰生活が始まり、一人、両親を心配しながらの誕生日。

それが昨年だったのです。

 


今朝、7時。
NZでは、春の始まりの日。9月1日。
柔らかく明るい暖かいお日様の光が入ってきて、

そのぬくもりを感じていたら、メランコリックな気持ちは消えて、
形はないけれど、今年もやはりまず両親に、
そして頑張ってきている自分に感謝する気持ちがムクムクと湧きました。

朝一番で、日本の弟からお祝いメールが来ていました。
4つ年下、同じ9月生まれ乙女座同士の弟とは

ず~っと毎年、お祝いの言葉を交し合ってきました。

親友から、ロックダウンで探すのに苦労したのでしょうが、

濃いピンクのカランコエの鉢植えと、ロースイーツとカードが来ました。

次男から、Twitterであたたかいメッセージが届きました。

のんびりと朝ごはんを食べていたら、その間に長男からSkypeコールが入っており、

2歳の孫娘が、一所懸命「おめでとう!」とラブ
パパ(長男)が頭の後ろで「お誕生日、おめでとう」とひそひそ。

ヒヨコ「おたんじょうび、おれめ、おめでとう~」

ばぁばは、とろけてしまって、イチゴのゼリーになりました。
(赤い洋服を着てた・・・) ふにゃぁああああ。

今日から、オークランド以北以外は、ロックダウンではあるものの、

食べ物のお持ち帰りのピックアップはOKになったので、

10年前から行きつけのカフェに、コーヒーのテイクアウェイに行きました。
 

当時の私は今思い返すと、気づいていなかったけれど、

軽度のうつ状態だったのだと思います。

(理由はもちろん、日本の311を憂えてのことでした。)

仮面うつのような私は、いつもうっすら微笑んでいたと思います。
初めてそのカフェに入った日、真っ先に目に飛び込んだのは、

長身、スリムでさわやかな若い店員さんでした。
たくさんのなじみ客らしき人たちと楽しそうに
「今日さっきまでテレビの収録だったんだ~」

と言っていてみんなから

「これでセレブリティじゃない~」なんて声が飛んでいるところでした。

その青年は入っていった私を見ると、

太陽のような笑顔で Hi, how are you?と言って
とても親切に接客してくれました。
名前を尋ねられたのはちょっと意外でしたが。

次に行ったら、彼が Hi Marika!と言ってくれて

その名前を一発で覚えられたことはあまりなかったので、

私は感激してしまいました。
そればかりか、彼が周りのスタッフ全員に話してあって、

その日から誰もが私を名前で呼んでくれるようにびっくり

 

当時、彼はまだ10代で、学生でした。
その彼は、オーナーの信頼篤く、今はマネジャーになっています。

今日も彼は、他の人より頭ひとつ飛びぬけて、店の外からも

よく見えました。
私を見たら、飛び上がって両手を大きく振って歓迎してくれました。
コーヒーを頼んだ後、彼が「何か他には?」と言うので、

「じゃあ、ロースイーツも」と言いながら他の人たちを見ると、
みんな、ピッ、とワンタッチで支払いができるチップ式のカードを

接触しないようにお皿に入れて渡しています。
私、石器時代人なので、そんなものは持ってない・・・
現金は今、使用禁止、う、どうしよ、と悩んでいると、

コーヒーとスイーツ入りの袋を持ってきた彼が

「これはお誕生日のお祝い!」とウインク

いつもいつも、なんて優しいんだ~、マルコ~笑い泣き

コーヒーを人のいないところで楽しんでから、

ちょっと散歩をしようと歩き始めました。
すると、どこからかサキソフォンの音がします。

音譜音譜音譜音譜なんと音譜音譜音譜音譜

Happy Birthday to You!!!

ではありませんか!

おじさまが一人で練習中。
初心者なのか、ちょっと拙い・・・
でも嬉しくなって、遠くから「ありがとう!誕生日なの」

と言うと、またまた吹いてくれました。
近くで聞いていたおばさまも、

ちょうど通りかかったよちよち歩きの坊やを連れたママも

年配の素敵なカップルも

みんなが「Happy birthday!!! と言ってくれましたラブラブ
 

雲ひとつない青空の下、嬉しくてありがたくて・・・

その後、いつも自分の作った料理に飽きると伺う

日本料理のお店のテイクアウェイをしたら、

そこでも店主さんから、お酒のプレゼントを頂きましたニコニコ

久々のTATSUSHIさん、おいしかった~ビックリマーク

 

そして、今日は、日本をはじめ、世界各地の

沢山の方からお祝いメッセージを頂きましたドキドキ

ほんとうにありがとうございますニコニコ

あぁ、なんてラッキーなんだろう、私。

と思うことが続いた誕生日になりました。

お父さん、お母さん、見てますか~?
お父さんが倒れたという知らせが入った

去年の5月30日から、ずっと心の底にいた悲しさが

今日はなんだか少し晴れたみたいです。
あなた方の娘は、つんのめったり、すっころんだりしながら、

でも、なかなかに楽しく、おもしろい人生を歩んでますよ~。
 

 

 

イベントのお知らせです。

 

急遽、設定したイベントです。

知ることによって、恐れにとらわれずに済む、

ということを私は小学生のときに歯医者さんで(笑)経験しました。
 

何をされるのかわからない、何が起きているのかわからない、

それが一番怖いのだな、と知ったのは、

治療に行ったとき、まずはお年寄りの先生で

「口を開けなさい。」というだけで何も説明せずに

口の中に器具を入れられたときでした。

次に行った時は、息子さんで若い先生でした。

「今日何をするか説明しますね。」と微笑んで、

私の歯の状態、そしてそれに対して何をすることが必要なのか、

やさしく説明してくださいました。
それで私の中の恐れは消え去り、
前回と違って、治療の痛みもたいしたことないと思えたのです。

それ以来、私は、知識を得ることに熱心になりました。
いろいろな情報を集めて、そして最後は自分のガットフィーリング(肝の感じること)で判断する。

そんなクセがつきました。

今、世界で起きていること・・・
それを知りたいと思う方に。
https://www.embodiedsouls.org/UpcomingEvents-J

 

 

今 起きていることをよく知ろう。
どうするのがよいか知ろう。


主流メディアやSNSであらゆる情報が飛びかい、間違った情報も広まる昨今、
いったい何を信じたらいいのかわからない、という方もあることでしょう。


今回、2時間ほどのセミナーを企画しました。
みなさんの質問の数々に、クリスティアン・ラーと彼のスピリットガイドのムーラムがお答えします。

きっと賢明な決断のための判断材料になることでしょう。


クリスティアン・ラーと通訳のマリカと話していただくだけでなく、セミナーの中でチャネリングの時間も設けますので、希望される方は直接ムーラムに追加質問をしていただけます。


2021年718() 日本時間午前11時からSkypeで行います。


ご希望の方はこちら→Contact-J からお知らせください。
スカイプ名を明記してください。

我慢強いことで、海外にまで名を轟かせた父。
 

1960年代、出張先のアフリカで、紅茶に入れたミルクに当たり、死んでもおかしくない食中毒、

10年後、出張先のブラジルのホテルで、荷作り中にベッドの金枠か何かで脛を削って化膿して命の危険、

1970年代、極めつけの、全身の血液の半分を失った後の胃の三分の二と十二指腸摘出手術。

そのいずれでも、本人は最後の最後まで何も痛みを訴えず、医者にも行かず、

ぎりぎりの「あなた死にますよ」と言われるレベルまで、我慢して苦痛を訴えなかったのです。
 

そんな父を尊敬してきた私。我慢強いことをかっこいいと思った私。
二回の出産で、陣痛の間、一声も上げず、赤ちゃんの頭が見えてしまうまで、誰も気づかれなかった逸話あり。

そんな私が人前で、大声上げて泣きました。
今日。

ヒーリングを受けたんです。
数年前にマッサージ中にいためた右肩。

その痛みは程度を変えつつ、常にそこにあった。
マッサージや整骨にかかってきたけれど、完治せず。

そしてこの1ヶ月ほどは、キーボードタイピングでも

瓶の蓋を開けるのでも、髪を洗うのでも、痛みが走って、
たまらずううっと言ってしまう状態でした。
生活上の不便がどんどん増してきて、野菜もまともに切れず、

普段いそいそやる皿洗いも料理も苦痛でしかない・・・

思い切って、Chris-Tian RAのヒーリングを受けました。



始まってすぐに、それまでそんなに痛くなかった腕と肩が

ずきずきと痛み始めました。

その痛みがどんどん増して、声をあげないでいるのに努力が必要に。
これまでのヒーリングでは、だいたい途中はいい気持ち~♪♪と

夢見心地だったのですが、今日は違った!

「次のセンテンスを言ってみて」と言われて

I let go of trying to control life.

(人生をコントロールしようとするのはやめる)
と言っているうちに、痛みは最高潮に・・・
なんだか腕と肩の中に何かが入ってきて

ぐいんぐいんとかき混ぜられているような感じ。
そして

とうとう我慢できずに、声をあげて泣いてしまいましたえーんえーんえーん

「うんうん、それでいい」と頷き、働きかけながら、なおも

「じゃあ、もう一つ。I let go of feeling responsible.」

(責任を感じるのはやめる)と言ってみて。」

という言葉を受けて、瞬間的にもっと泣きました。

2分ほど、わんわん泣いて、鼻ぐじゅぐじゅで、

もはや、口でしか息できない~あせる

というところで急にクリスティアン・ラーが笑い出し、

それと同時に、私もなんだかケタケタ笑いたくなってしまって、

しばらく笑いました。

すると、あんなに痛かった肩も腕も
あたたかな感じになっており、痛みが消えていました
キラキラ音符ラブラブ

泣き笑いしながら、気づきました。

小さい頃から、おねえちゃんとして(弟と小さい従姉妹のお世話してました)、

年長ならがんばるものだと思いこみ、体のあれこれも、

同時に心の痛みもずっと我慢してしまいこんできて、

その上に、我慢強い父のようになりたいと頑張りまくった私・・・

そんな私も還暦をとうに過ぎ、
コロナ時代に両親を相次いで失っても渡航制限で葬儀も出られず、

そして最近は、各方面からSOSが舞い込み、
(クライアントさんたちのみならず親族たちの体調不良も相次ぎ、
そのうえ、スペシャルニーズの人たちのケアもあり、)

私が気づかないうちに、私の体も心も相当な「我慢」をしていたようでした。
我慢に慣れすぎ・・・てへぺろ
みなさんには、ご自身の心の声に忠実に、とお話ししているのに、です・・・ガーン

今日の気づきは大きかった~!
人がいる空間で (いや、一人の空間でさえ) 
こんなにわんわんえんえんおいおい泣いたことはそうそうないですが、

そのあと、気持ちがとっても軽く明るくなりました。

まだ数時間しか経っていませんが、今のところ腕肩の痛みもほとんどない!

(だからこそ、こんなにたくさんタイピングしていられる)

 

あ、そうそう。心理面だけでなく身体面のこと。
クリスティアンの見たところ、

右上腕の筋肉に炎症が起きているので、

その対処もするように、ということでした。
今日から、カンファーオイル(希釈して)を塗ったり、

一層温かく保つようにしようと思います。

これからは、もう少し、自分に我慢を強いないで生きていこうと思った経験でした。