フランスは家具も家も食器も古い物を大事にして、
お年寄りが亡くなったりすると家中の物を
アンティークの業者が買い取ったりして再利用しますが、
芸術面では、常に新しいものを追い求める傾向があります。

こういうのは、いつも賛否両論あるもので、
ルーヴル美術館にガラスのピラミッドができたときも、
パレ・ロワイヤルにしましまの柱のオブジェの広場ができた時も、
せっかくの美しい建物が台無しだ!とだいぶ論争になったようです。

オルセー美術館ができた時は、
アカデミー美術という伝統的な作品を多く展示したことで、
今更なんて、そんな古くさい貴族的な絵画を展示するのか。
と、非難囂々だったそうです。

天使が空に飛んでいたり、
綺麗で、私はどちらかというと美しいと思うし、
なんでそんなに嫌われていたのかわからなかったのですが。

要するに、27年前といえば、
(オルセーって、たったの27年前にできたのですって!!
 私がパリに来るたったの7年前ですよ。)
印象派のモネなんかが評価されていた時期。
(最初は、伝統を無視した変わった絵画として、全く評価されていなかったそう。)

伝統的なアカデミック美術と呼ばれている絵画は、
貴族や王族がお抱えで生活を保証した芸術家に、
自分たちのお城や宮殿を飾ったりするために、
自画像を描かせたりしていたわけです。

絵画のテクニックは写実的で、
写真のなかった時代は、
人気があり、そこに少しファンタジーも入れて、
寓話の物語の主人公を城の城主の奥さんの顔にして
描いたりしていたのだそう。

題材は、自画像や宗教画、
空には天使が飛んでいたり、
家や国の力を示すような内容が多かった。

戦闘の場面も多かったので、
昔の兵士の被っていた兜が、
まるで消防士のヘルメットみたいという意味で、
アール・ポンピエ(消防士の芸術)なんて、
後の時代にはちょっと悪い意味で呼ばれていたのだそう。

でも、もちろん、写真のない時代、
その当時はこの芸術こそが、評価されていたわけです。

***

モネや新しい世代の芸術家は
その貴族的な芸術に反抗するような形で、
貧乏なまま、国立美術学校にも行かず、
どこのサロンにも属さず、独自の絵画を追求したのだそう。

もちろん、芸術の師はいるし、
経済的にもなんだかんだいっても、
モネのジベルニーのアトリエなんて、大きなお庭の立派な家ですし、
絵が売れたり、皆何とかなるだけの力はあったわけですが、
貴族に保護されていた頃の芸術家とは全く違う世界。

自由に絵画を描く。という時代が来たわけですね。
題材も、自由に選んだので、
ロートレックは、娼婦やダンサーを描いたりして、
これは、昔ではありえないことだったというわけ。

絵画の価値って、私は個人的に
全ては好き嫌い。だと思うのですが。
(どんなに価値があったって、自分が好きでなければ、
 意味ないですからね。
 世界中の人がゴッホは素晴らしい!と言っていても、
 別に私はゴッホは苦手。と、大きな声で言ったっていいわけです。
 それこそ、そんなの個人の自由な上に、
 時代によって、評価される絵画は変わるんだから。)

時代によって、題材に規制があったり、
手法は伝統に従っていなければいけなかったり。
いろいろ事情があるわけですね。

そういう事情を少しだけわかってから美術館に行くと、
「こーれが、そのアカデミックってやつねー。
 なるほど、貴族って感じだねー。」とか。

「モネ達は、自由を求めたわけだね。」
なんて、違った楽しみが生まれるので、楽しいです。

モネは、きどった絵画なのかと思ったら
ぜんぜん違うわけですねー。

アカデミック美術
アール・ポンピエ

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写真はぜんぜん関係ありませんが、ふさに入ったグリンピース。
春になると、アスパラ、いちご、グリンピースなんかが店頭に並ぶので、
いつも楽しみにしている。
paris暮らし