こんにちは。暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか?


さて。私はここで小説を書かせて頂いてるんですが、

まずWordで作品を作って、

それが完成してからブログに貼り付けているので

どうにも表示される時に、改行がうまくいきません。


どうしても、様子を見ながらの調整という事になりますので

公開後にも、何回か修正をかけております。


なので、実際はUPしてから10分~20分程度後に

処理が完了ということになりますので

ご了承くださいね。


それでは、どなたかがご覧になって下さっている事を願って。


                        2010.7.25. 安堂まりー

あなたとの思い出は、あったようで無かったようなもんでしたね。とても無口な人でしたから。あなたが、息子の事で大事な時も、何もちっとも相談に乗ってくれないので、私が喚き散らしたことがありましたっけね。あなたはしばらくそこで聞いたような振りをしていると、ぷいっとそのままどこかへ出かけてしまって。私は口惜しくて、その場で泣き崩れたように思います。



座敷に座って、外を眺めていると、孫が膝の上に乗ってきた。
「こら、おばあちゃまは、今疲れているのよ。あんまり騒いじゃいけません。」
黒い服を着た息子の嫁が、孫の手を引っ張る。
「どうもすいません。今、お義父様の事を考えてらしたの。」
「ええ、まあ。」
少し会釈をして、再び想いに耽ると、まるであの日が昨日の事のように蘇ってくるのでした。


あの大変な喧嘩の後で、あなたが何も言わずに、帰って来た。出かけた頃のまま、居間に一人で座っている私の元にやって来て、あなたは片手に提げている袋を置いた。

「ん。」

ごめん。も、悪かった。も何も言わずに、ただ、そこに白いビニール袋を置いた。私がその袋を見詰めていると、あなたはそのまま、又ふいっと部屋を出て行ってしまった。袋を開けると、中には草餅が入っていました。

あなたが私に何か物を買ってくれたのは、後にも先にも、あの日だけでしたね。透明なプラスチックの入れ物の中には、青々とした蓬の色をそのまま映した草餅が四つ並んでいました。

私はあの日から、あなたに怒るのを止めた。あなたはとても不器用な人だと気付いたから。



五月になると私は、江戸川の土手によもぎを取りに行かされた頃の事を思い出します。六人兄弟の内で、私が一番小さかったから、いつも使いに走らされた。あなたは私が柴又の出身だから、草餅が好きだと思ったのかも知れませんね。雨が上がって緩んだ土の中で、手足を泥だらけにしながらも、よもぎが籠いっぱいになるまで家に帰らせてくれなかった。今でも蓬を食べると、草を食む思いが致します。


「ご遺族の方は、こちらへ。」

煙突が白い煙を吐くこの建物に入ると、顔の部分だけ棺の扉が開かれ、花に囲まれたあなたが眠っているのが見えました。日に焼けた黒い肌にいくつもの皺が刻まれているのを眺めると、あなたと過ごした長い年月の事を思います。とても穏やかな表情で、あなたは笑っていたのでしょうか。笑顔はこのかた見せてくれたことがなかったので、しみじみと落ち着いて見るその表情は、亡くなって尚新鮮に感じます。そんな驚きの中、あなたは鉄の扉の中へと飲み込まれて行った。

しばらく座敷に通され、お茶を飲み、息子夫婦と話していると、係りの方に呼ばれて、また同じ灰色の鉄の扉の前に並ばされました。

扉が両脇に開くと、中には白くなった主人であろう何かが横たわっていました。係りの方の指示通りに、脇に並んで、順々にお骨を壷の中へ詰めていきます。箸の先で、私はあなたをとても軽いと感じました。親類縁者達が並んだそれも一巡して、辺りが落ち着いたようなその時、係りの方が声を張り上げて皆に示しました。

「こちらが喉仏になります。実際の喉仏は燃えてしまいますので、首の骨の二番目にあたる、三角形のお骨を納めます。これは仏様が座っていらっしゃる形に似ているのでお舎利様とも呼ばれています。奥様はこちらを。」

指示の通りに最後のお骨を壷に納める時、私は心であなたに最後のお別れをしました。



あなたは、最後まで、わたしが草餅を苦手だってことに、気付きませんでしたね。もう、仏さんになったから、全てお見通しなんでしょうか。そうしたら言います。ええ、私はあなたの事が、草餅程度には好きでしたよ。

私はあなたと一生添い遂げました。それでいいじゃありませんか。それが、夫婦ってもんです。



建物を背に、車が走り出すと、白い煙も遠ざかって行くのが見えました。空に上がって行くあれは、雲を作り、いずれは雨になるのでしょうか。それともこのまま解けて消えてゆくのでしょうか。今ではもうあなたが見えなくなってしまって、私にとっては、いないのと同じ事です。あんなに傍にいたのに、不思議なもんですね。


黒い着物を着た老婦人は、膝に抱えた骨壷をそっと撫でた。


                            2010.6.6. 安堂まりー









彼女の作るみそ汁は、とても美味しい。お世辞抜きでそう思う。

「隠し味が特別なの。」

ふふふ。優しく笑って目を伏せ、味噌汁をお椀に装っている彼女は、料理する時にいつも長い髪をひとつ括りにする。その落ち着いたうなじと首元がすごくセクシーで、僕は思わず傍に近付いた。

「なにが入ってるの、教えてよ。」

吸い寄せられるように背後から抱き締め、ねだるように聞いても、

「惚れ薬よ。ふふふ。」

ころころと笑うだけで、絶対に教えてくれない。まあ、美味いんだから、いいか。まずいんなら、原因を突き止めて、なんとしてでも止めさせるけれど。

お椀を二人で運び、食卓に向き合って座る。「いただきます。」と手を合わせると、目の前には、美味い味噌汁とご飯と筑前煮。味の染みた筍を頬張りながら、しみじみと思う。ああ、僕は幸せだ。



彼女と暮らし始めて二ヶ月が過ぎたある朝の事だった。出張の時に、水筒に入れてまで味噌汁を持たせようとするので、
「いいよ。こんな時ぐらい。帰ってから食べるよ。」
と言うと、
「それじゃあ困るわ。だって私、あなたにまだ死んで貰いたくないもの。」
そう言いながら、会社用の僕の黒い革鞄に無理矢理押し込もうとした。その形に、丸い水筒が入る訳がないのに、彼女の目は真っ直ぐにその平たい鞄しか見ていない。彼女の様子があまりにも必死なので、違和感を抱いて僕は聞き返した。
「それって、どういう意味?」
「一日でも摂らないと、死んじゃうわ。だって、あなたの身体は、もう私なしでは生きられないようになっているんだもの。」
そう言って僕を見上げた彼女の瞳はあまりにも悲しげで、とても冗談を言っている風には見えなかった。
「初めて夜を過ごした時、貴方、一生一緒にいようね。って、言ってくれたじゃない。だから私、本当にそうなるように、おまじないをしたの。」
すがるように僕を見詰めるその大きな瞳には、涙がたっぷりと溢れていた。僕は彼女の肩を抱くと、大きく息をして、改めて彼女に質問した。
「あの味噌汁の隠し味って、実際何が入ってるの?」
「解毒剤よ。毎日、少しずつ摂らないといけないの。」

出張の日の朝だ。今日は五時に起きて、書類の準備をして。スーツと、ワイシャツと、準備をしていたら、彼女が銀色の水筒を持って来て・・・。

「なんっ、でっ。」

そこからは暫く、口が利けなかった。黙り込んだ僕の目の前で、彼女は僕を見詰め続けている。その瞳が、あまりにも悲しげで、切ない。

そういえば。付き合い始めた頃の事を思い出す。彼女が僕に初めて作ってくれたのが、味噌汁だった。それと、なにかもう一品。卵焼きか何かだったか。

朝の味噌汁を飲みながら、上機嫌で僕は、

「うまいなあ。これ、毎日作ってよ。」

そう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んでくれた。

その日から、僕の食卓に味噌汁が切れた事はない。なかった。それはつまり。
つまり、それは。


しばらく経って、彼女が口を開いた。ふ、と優しく口の端が上がる。みそ汁の良い香りがキッチンからこぼれてくる。

「私を捕まえてもいいわ。殺してもいい。怒っても、嫌いになっても。でも、作り方は私しか知らないの。」

彼女は温かく目を細めた。透き通る様なその微笑みは、暖かな日溜りを思わせた。さっき料理した時に結んだ髪を一回解いて、また結び直す。彼女の首元がとてもセクシーだった。


その日の出張には、味噌汁を持って出た。朝の駅までの道程で、よく晴れた青空に少しの違和感を覚えた。二日後に部屋に戻ると、微笑んだ彼女と温かな味噌汁の香りが僕を出迎えてくれた。


それから三年が過ぎたが、今も美味い味噌汁は、僕の食卓に常にある。


今日も、食卓で向かい側に彼女は座る。今では、僕の妻だ。


                            2010.6.5. 安堂まりー