梅雨の晴れ間
『老活の愉しみ − 心と身体を100歳まで活躍させる』(2020)という本を読んだ。高齢者が、今後も長く健康で楽しく、充実した心身の生活を送るために役立つアドバイス満載だった。著者は精神科医で作家として活躍される帚木蓬生さん。実は、わが郷里の高校の一年先輩に当たる。在校中に面識はなかったが、クラスメートの友人は、彼が高校の新聞に書いていた文章を覚えており、すでに文才豊かだったという。新聞部、放送部、あるいは生徒会執行部などと聞くだけで、秀才たちが集まる場であり、近寄りがたい世界だと怖気づいていた。ところが、大学卒業に続く2年間のハワイ大学大学院留学から帰国し、いざ東京で就職先をと探した方法は、英字新聞の求人広告だった。その新聞の編集助手(editorial assistant)求むの欄だった。そこでの補助的デスクワークを一年ほど勤めた後、前々から興味のあった分野を取り扱うNGOへの転職がかなった。新しい職場での職務は、なんと英文のニュースレターの編集・作製だった。
最近は紙の新聞を購読する家庭が減少している。わが家も数ヶ月、新聞購読を辞めてみたこともあったが、私はやはり古い人間なのだろう、購読料は年々上がり続けるが、今のところなんとか紙の新聞にしがみついている。こんな笑い話が、どこでだったか紹介されていた。ある人が「うち、新聞辞めたの」と言ったら、「えっ、じゃ天ぷらどうするの」との反応。ハワイ留学時代、女子寮に暮らしたが、時々数人で夕食を作った。食後の食器洗いになると、中国系アメリカ人のFさんが必ずすること。新聞紙をテーブルに広げ、そこに洗ったばかりの食器類を逆さまにして並べる、水切りが目的。新聞には情報収集にとどまらず、さまざまその他にも役立つ使用法がある。私も手元に新聞紙があると、なぜかホッとする世代の主婦のひとりだ。
50年ほど前になるが、家族でホノルルに暮らしたこともあった。小さいながら、プール付き、ワイキキへも歩いて行ける距離にある低層マンションの一室だった。その頃、ローカル新聞を購読していた。毎朝、新聞配達の少年はエレベーターから降りると、丸めた新聞を該当する家庭のドア目がけてポーンと投げてよこす。器用なものだ。このマンションに越してくる前に住んでいた所は、眺めは最高だったが、家庭持ちには不便な場所にあった。そこで、新しいアパートを探そうと、毎日熱心に新聞広告を眺めていた。良さそうな物件を、実際に連れ合いと見に行ったこともあった。こちらから逆に、適当なアパート求むという広告を出してみたこともあった。いくらかかったか値段の記憶はないが、反応ゼロで効果なし。そんなこんなの新聞との付き合いや思い出がよみがえる。心温まるニュース、希望のもてる記事の少ない世の流れだが、新聞に目を通さないと1日が始まらない世代の一人が、まだここにいる。
Although the newspaper subscription fee gets higher and higher every several years, and yet the number of pages grows lesser and lesser, it seems I belong to the old generation that prefers reading news printed on real paper. As I am one of the old group, I want to continue reading traditional paper every morning as long as I could afford to.
