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マレーの虎ブログ

19世紀多くの中国人が分断国家に成り下がった故国を離れ、
海外に散らばった。そして異国の地で力を蓄えた華僑が、現在の
先進中国の足がかりを作った。

21世紀、今度は日本を離れた和僑たちが、同じ役割を担うこと
になるのか・・・。?

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『注意書き』

今回の記事は、ちょっと過激です。

いや、相当に激辛です。

途中で、気分が悪くなったり、吐き気を催す可能性があります。

また、最悪の場合、うつ傾向にある人には、耐えがたい苦痛を
強いる可能性があります。

こうしたことを了解の上で、下記記事をお読み下さい。

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『アベノミクスで景気回復だ!東京オリンピックで復活だ・・・!』

って、本気で信じてますか?

もう、マスゴミの情報を一方的に信じる時代じゃない。

私たち一人ひとり、すでに世界の情報といつでもアクセスできる
時代に、自ら調査することを放棄して、無定見に世間の情報を
鵜呑みにする・・・・

私は本当に、馬鹿げた行為だと思うんですが・・・

あの震災を経験した今でも、まだ寝ぼけた人たちがウヨウヨいる。

操作万能主義の罠でも書きましたが、今は操作する者と、操作
される者とが、はっきりと区別される時代です。

現時点で、操作されていることにすら気付かない人は、すいま
せん、あなたの人生は終わってます。

はっきりと言いますが、日本が財政破綻をするかどうか?

中国との紛争が、戦争段階までエスカレートする可能性がある
のか?

現時点で、断言できることがあります。

それは、少なくと、そうのようなシナリオにそって、操作されて
いる可能性が限りなく高い・・・

ということです。

日本と中国は、すでに実質的に国家財政破綻しており、表面化
されるタイミングを見計らっている段階です。

中国政府は財政破綻イコール国家体制の崩壊を意味します
から、最終手段に打って出る可能性が高い。

ということは・・・

そうです。

両国の国家破綻と戦争がセットで用意さてれいると、考える
のが妥当だと考えます。

歴史を紐解けば、こうした推理は当然の帰結になります。

まさか・・・!?

と思って、こうした情報を無視することで、今は安心を取り戻
せる
かも知れませんが・・・

もし、現実化したときに困るのは、あなたです。

どんなに、不安でも・・・

あるいは、問題が大き過ぎて、まったく対策案が思い浮かば
なくても、

逃げてはいけません。

あきらめても行けません。

最悪を考えて、必死で対策を練る・・・。

本気の方だけ、相談に乗ります。

あなたのコメントかメッセージをお待ちしてます。

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昨日、ある起業家の方とお話していて、共感したこと。

彼は、アメリカ、上海、ロンドン、日本でのビジネス経験があり、
現在マレーシアで起業中です。

様々な国で、起業や実業に携わった経験を聞かせていただきま
した。

イギリス人と日本人気質は、同質なところがあり、アメリカ人と
中国人も良く似ていると、言ってました。

確かに地政学的に、日本とイギリスは、大陸から独立した島国
なので、民族気質が似ていて、

中国とアメリカは、大陸気質同士の共通項があるのかも知れま
せん。

ただ、日本人気質が、明治維新以前と以降で、大きく変化して
来ている可能性もあるので、これはまだ仮説にしか過ぎません
が・・・

どうのように似通っているかという点ですが・・・

日本人とイギリス人はルールや礼儀を重んじる傾向にあり、
共に伝統や格式などに囚われる民族性があります。

反対に、米国や中国は、ある意味で、何でもありの場外乱闘
を楽しむ気質があり、革新的気質が強い。

それじゃ、マレーシアはどうなんだ・・・?

というお声も聞こえてきそうですね。

こちらは、一言で言えば、南国気質だと思います。

南国気質だけだと、ピンとこない人向けに、少し説明すると、

おそらく、こちらの国の人は、飢えて死ぬことは、昔からな
かったと思います。

正直、ぼろきれを着て、バナナリーフで屋根を作り、のどが
乾けば、ココナッツジュースを飲み、お腹がすけば、バナナ
や、フルーツが、ふんだんにある環境で生活してきました。

したがって、良く言えばおおらか、悪く言えば、適当な正確
が、形成されたのだと思います。

アメリカは、移民と開拓者魂が根付いている国で、中国は、
群雄割拠による、覇権争いが繰り広げられて来た、お国柄
のように思います。

さて、民族談義はこの辺にして、今日のテーマに入っていき
ましょう。

前半で、日本人は格式や伝統を重んじる傾向があると述べま
したが、

これは、裏を返すと、権威に弱い、権威に簡単におもねる
傾向を意味します。

現代的には、実績や結果に重点が置かれているという視点に
つながってきているのでは、ないでしょうか!?

ところが、さらに深く洞察していくと、この実績主義や結果主義
が、今の日本の閉塞感を増大している可能性に気付きます。

例えば、見せ掛けの実績や結果で、業績を維持したあげくに、
粉飾・偽装事件に発展したり、

見せ掛けの実績や結果を謳い文句に、詐欺を働く集団や、
それに、コロコロとだまされ続ける大衆の存在があげられます。

見せ掛けの実績や結果でしか、人を見れない評価できない
弊害は、人材採用や登用面で、非常に大きな行き詰まりを
見せている。

つまり、本質が見えない、分からない人間が、恐ろしく増えて
いる。

私は、正直、エリート・サラリーマンは苦手です。

彼らは、実績・結果、伝統・格式の権化のような存在で、
本質を見ようとしない傾向がある。

彼らの下す判断や価値は、すべて誰かから植え付けれらた
ものであることに、まったく気付いていない。

社会や企業が、連続性や継続性が求められていた時代は、
彼らのスキルは、非常に有効かつ、効率的であった。

しかし今、変化や革新が常に求められる時代には、彼のもつ
スキルや価値観は、むしろ弊害になりつつある。

彼らは、超大企業の組織や、国家組織という組織体の中で
は、まだまだ有用な人材かもしれないが・・・

一般企業や個人起業の生存競争の場では、むしろ彼らの
スキルや思考方法は、そのままでは使えない。

じゃ、私たちは、どうすれば良いのか・・・?

一度、結果主義・実績主義を手放す必要がある。

そうした、表面的幻想を追いかけている限り、本質は見えて
こない。

大海のさざ波に一喜一憂するのではなく、大海の底に流れる
潮流を読み、目的地に自然とたどり着ける叡智が必要だ。

また、私たちが、行動できない大きな要因も、この結果主義の
弊害だ。

結果を怖れなければ、私たちは、今の何十倍・何百倍も自由に
人生にチャレンジし、経験を積み成長できる可能性があるのに、

そうした、行為をすべて制限し、檻の中で飼われる、ペットで
あり続けようとする。

ペットならまだ良いが・・・

家畜として飼育され、将来、食用に召される運命にあるなら、
よくよく考える必要がある。

感性を磨き、本質につながった生き方ができれば、こうした
マインドコントロールを解き放ち、もっと自由でチャレンジングな
人生が送れる。

そのことを、次回のブログで書いていこう。


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前回の記事に対する反応が、ちょっと気になるところです。

これは、私の感覚ですが、昔は9割が真っ当なビジネスをして
いて、1割が怪しいビジネスだった。

ところが今は、まったく逆転して、1割がまともで、9割が怪し
いように感じる。

これは、主観的な感覚なので、それぞれ意見が分かれるかも
しれませんが・・・。

格差社会が広がっていることを明示している事件やニュースが、
頻発しているが、その実態は・・・

搾取と操作【マインドコントロール】が、極限にまで高められ
つつあるという感じがしています。


昔は、人を疑ったり、社会を疑う行為は、変わり者、非行と
避難されたが・・・

今は、無邪気に人を信じ、社会に安住する行為は、自殺行為
に近いことを、感じられる人も増えている。

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科学技術の発達は、私たちの生活を脅威的に快適にしてい
ます。確かにこれは、間違いなく幸せなことなんですが・・・

私たちの脳と精神に、果たしてどんな影響を与えているので
しょうか?

便利になった分だけ、私たちの脳から、創意工夫というものが、
ドンドンと抜け落ちていってないでしょうか?

昔は、創意工夫して、遊びを考えたり、仲間どうしで、連携
したり、ケンカしながら、多くのことを学んでいました。

今は、あらかじめプログラムされたゲームを、次から次と攻略
することで、創意工夫の疑似体験を無限に繰り返しているだけ。

ゲームも学校教育も、基本は同じ。

あらかじめ誰かにプログラミングされたものを、徹底的に学び、
それをマスターする事に夢中になっているだけ。

今の政治や経済や評論家の話を聞いていても、所詮、それ
ぞれ、ある一定のプログラムされた意見を述べているだけ。

私には、みんなプログラムされているだけにしか見えない。

今、世の中を動かしている人間や、創意工夫をして、ドンドン
と新しいビジネスを動かしている人間は、皆、プログラマー
だと思います。

反対に、多くの人は未だに誰かから与えられたプログラムを、
無定見に信じて、それが絶対だと思い込んでいる。

比較的安定した組織やプログラムにいる人は、まだ、自分が
寄って立つ、基盤を疑わなない方が、幸せな人もいるが・・・

私からすれば、そうした状態でいられるのも、もはや時間の
問題だと思う。

自分の組織や基盤が怪しくなった人や、崩壊した人たちは、
そのプログラムが、絶対でないと分かると、今度は、次から
次へと、新しいプログラムに飛びついていくことになる。

残念ながら、既成のプログラムをいくら追いかけても、虚しい
だけ・・・。

結局、自分で再プログラムをしないと、自分に合ったものが
永遠にもてない。

そして、その自分に合ったプログラムも、時間や環境の変化
に合わして、ドンドンと書き換える必要がある。

つまり、操作される人間になるか、自ら自分の人生を操作でき
る人間になれるか・・・

あなたには、今、自分の人生を自分でプログラムする能力が
求められている!


そして、次が、科学万能時代における精神的な影響の側面。

バーチャルの怖さは、万能感を育てると言う側面がある。

ゲームの中では、誰もが神になれる。


成功も失敗も自由に無意識でコントロールできる。

どういう意味かというと、そのゲームのプログラマーとの勝負
だけなので、その他の不確定分子を一切考えなくて良い。

だから、やればやるほど、基本的に上達するので、万能感が
無意識で養われる。

ゲーム世代でもある今の若者が、自分の思うようにならない
現実の場面で、忍耐力がなく、直ぐにキレたり、あきらめたり
するのは、こうした原因が考えられる。

現実は、どんなに精巧に作られたゲームより、複雑で不確定
要素が無数に存在する。

ゲーム上での万能感に慣れ親しんだ世代であればあるほど、
こうした、自分がコントロールできない因子に出会う度に、
大きなストレスを感じることになる。

たまに、プログラムされたゲームを遊びながら、プログラミング
をマスターする天才が現れるが、彼らは、ビジネスをまさに、
ゲーム感覚でプレイしている。

忍耐力がなくなってきているのは、ある意味、避けられない
ことで、その分、私たちは洞察力を高めるしかない。


洞察力が深まれば、結果的に頭脳忍耐力が付くだけでなく、
不確定要素が多い現実的課題に対しても、柔軟な対応能力を
養うことになる。