Carla Bley 2 | ノイズのなぐさめ

ノイズのなぐさめ

歪んだ美意識。
ちっぽけ 些々たる しがない
たわい無い 些末 末梢的
スマート、スィート、デンジャラス
大切なのは長く働くこと。

The Lost Chords Find Paolo Fresu 

カーラ・ブレイはモダン・ジャズ・コンポーザーの第1人者として幅広い音楽活動を繰り広げている個性あふれるアーティスト。今作は、2003年から活動している彼女のバンド「ザ・ロスト・コーズ」にイタリアのニュー・スター、パオロ・フレスを迎えたアルバム。バンドのメンバーのヘッドフォンから聴こえたパオロ・フレスの哀愁をおびた美しいトランペットの音がカーラ・ブレイの心を捉えたのがきっかけで、このクインテットが誕生した。WATTレーベル初登場のパオロ・フレスは今までに300枚以上のアルバム制作に参加している今が旬なイタリアン・ジャズ界でも注目株のアーティスト。アルバムの曲は全てカーラ・ブレイのオリジナルで、5という数字にこだわった奇抜なタイトル『バナナ・クインテット』他、『スーパーマンの死』はハリウッド俳優のクリストファー・リーヴの生涯がベースとなった作品。

 

カーラ・ブレイ / ビッグ・バンド・セオリー(廃盤)

 

カーラ・ブレイ(p)アレックス・バラネスク(vn)ルー・ソロフ(tp)ウォルフガング・シュニック(as,fl)アンディ・シェパード(ts,ss)カレン・マントラー(og)スティーヴ・スワロウ(b)デニス・マックレル(ds)他

 

女性の作曲家として知られるカーラ・ブレイは、教会音楽家の父親の手ほどきで音楽の基礎を学び、その後はアカデミズムとは無縁で、ほとんど独学で通した。17歳の頃、ジャズに開眼し、当時ジャズが活気づいていた街、ニューヨークへの移住を決意する。しかし、この頃のカーラはミュージシャンとして生計を立てることができず、ウェイトレスなどの仕事をすることで日々食いつないでいた。

売れっ子どころか日々の暮らしにも事欠いていたカーラに転機が訪れるのは、1957年のポール・ブレイとの結婚以後のことである。最初こそうだつが上がらなかったものの、個性的な楽曲を作り出すようになったカーラは、その音楽を広く認められ、アート・ファーマー(アルバム『ブルースをそっと歌って』等)、ゲイリー・バートン(アルバム『葬送』等)、チャーリー・ヘイデン(アルバム『リベレーション・ミュージック・オーケストラ』等)といったミュージシャンのアルバムに楽曲を提供し、一躍ジャズ界を代表するトップ・コンポーザーのひとりとなった。

1966年、2人目の夫になるトランペット奏者、マイケル・マントラーと共に、「ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ・アソシエーション」を設立、商業主義からのミュージシャンの保護、自由化に多大な貢献を為した。1971年、詩人ポール・ヘインズとの共作にしてLP3枚組の大作ジャズ・オペラ『エスカレーター・オーヴァー・ザ・ヒル』を完成させた。この作品は実験作的色合いが濃厚で、当時のジャズ界に物議をかもした。

その後も、カーラの創作意欲は衰えることを知らず、チャーリー・ヘイデンとの『リベレーション・ミュージック・オーケストラ』の続編である『戦死者たちのバラッド』、3人目の夫になるスティーヴ・スワロウとのデュオ・アルバム、オーケストラ・アルバム『ザ・ヴェリー・ビッグ・カーラ・ブレイ・バンド』などの作品をコンスタントに発表し続けている。